2010年10月19日火曜日

恩師の方々

 今日もかなり冷え込んだ一日となった。もう半袖はタンスの奥に締まってもいい頃かもしれない。もうちょっと待ってほしい冬である。

 昨日のブログで浪人の友達の話を少し書いたので、今日はお世話になった講師について書きたい。私が浪人していたころ、数多くの講師の方にお世話になった。その中でも特にお世話になったのが、世界史科のK先生と、倫理科のY先生と、数学のS先生である。
 まずは世界史科のK先生についてである。昨日でも少し触れたがこの先生の授業スタイルはかなり独特であった。毎回違う人とペアを組み、声を出し、手を使ってそのペアの人が覚えるように頭に放り込んであげるのである。最初この授業スタイルに抵抗があった。しかしちゃんと覚えているのだ。あの苦手だった世界史でも点数が取れるようになった。この授業を無くしては今の私は存在しない。予備校では珍しく、受講者全ての名前を覚えていた。厳しさの中に優しさがあった。個々人にアドバイスしてくれ、問題の解き方、各大学の問題のくせなど、閉門時間が過ぎても教えて下さったのだ。本当にお世話になった。卒業してから一度K先生に会いに行くことにした。先生は、久しぶりー!、と喜んでくれ、教えたこと全然覚えてくれへんかったわ、と卒業してからも怒られた(笑)。
 次は倫理科のY先生である。この先生はかなり威厳を持った感じの先生なのだ。見た目は誰も寄せ付けないオーラが漂っていた。しかしこの先生の知識は驚愕するほどのもので、すごい、の一言である。私はこの先生の一回目の授業を受けた時に、よし、この先生に付いて行こうと決心したのだ。この先生なら信用できる、そう思った。夏期講習や冬期講習は通常の時間割ではなくなるのだ。なので私が通っていたSU校にこのY先生は来られなかったのでわざわざ遠い京都まで通っていた。同じ授業料を払うのなら最高の授業を受けたい、そう思った。私はこの先生の言うことを一字一句すべてメモするくらいの勢いで書き殴った。授業の後、さらに学びたいと思い、毎回質問しに行った。倫理を受けている私の友達や他の受講生は、ようあの先生としゃべれんな、と驚かれたこともあった。しかし私にはそんなこと関係なかった。その先生の持っている知識をすべて教えてほしかった。センター試験直前、私は京都の校舎にいて、その先生の所に会いに行ったのだ。そして一言何か励ましてほしかった。ノートを持っていたのでそこに一言書いてくれた。「目的の王国の扉は開いたと言え!」これがそのときの言葉だ。これは哲学者イマヌエル・カントの言葉を引用して先生が考えた言葉なのだ。私はこの言葉を信じ、最後まで戦うことが出来たのだ。
 最後は数学のS先生である。S先生にお世話になり始めたのは浪人生活後半からである。私の場合、数学はセンターレベルまででよかったのだ。しかし数学の授業は後半になるにつれて、二次試験対策の授業へと難易度が増すようになった。それで数学の授業に出なくてもいいかどうか質問に行ったのだ。しかし今思えば最初の質問が数学に関してではなく、授業を切っていいかどうかという質問だったのでおかしな話ではあった。私は数学も苦手で(と言ってもほとんどの科目が苦手だったが)点数は良くなかった。しかしこの私の質問にかなり真剣に考えてくれたのだ。そこからこのS先生との関係が始まり、センター試験演習の時間の終わりに毎回、どうやった?と聞きに来てくれたのだ。頭の悪い私のことをいつも心配してくれた。その他にも、普通ならばクラス担任に聞くようなことでも(センター試験の結果からどこの大学に入りやすいかなど)聞きに行ったのだ。私はあまりこのクラス担任のことは好きではなかった。このような質問は授業に関係ないことなので講師にはしてはいけなかったのだが、お構いなしであった。先生の言葉なら信用できた。最後はS先生と記念撮影をし、サインまでいただいた。合格したことをメールで伝え、本当に喜んでくれた。S先生も最後の最後までお世話になった。
 この先生方に出会うことが出来て本当にうれしかった。苦しい浪人生活はこの先生方がいてくれたからこそ、突破出来たのだと思う。こんな私のためにあれほど力を貸してくれた先生方に本当に心から感謝している。
ありがとうございました。

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