2013年1月20日日曜日

「上」を目指して

 今日でセンター試験が終わったが、受験生はいかがであっただろうか。出来不出来はあっただろうが結果は結果。ここは気持ちを切り替えて、私立試験に向けて勉強して欲しい。


 1月も後半に入った。もう大学に行くのも5回もないだろう。1月が終われば、研修や引越しやあれやこれやで動き回らなければならない。長かったと思われていた4年間は、やっぱりあっという間に過ぎていった。時間というのは残酷なもので、待ってもくれないし、戻ってもくれない。良いことも悪いことも、すべて自分の中に積もっていく。
 4年前の春の大阪駅。私は今はなき夜行列車「日本海」を待っていた。初めての一人暮らし、そして東北の彼方へ。後ろ髪を引かれる思い。私が見えなくなるまで家族は手を振ってくれた。そして家族が見えなくなり、私は一人、泣いた。それは今でも鮮明に覚えている。あれが私のスタートであった。
 都会で生まれ育ち、地方での生活が始まる。やはり、「都会」と「地方」の違いは明らかであった。人間性の違いや会話の少なさ、刺激のなさは私にとっては耐え難いものであった。長期休暇が近づけば私は早く大阪に帰りたいという気持ちになる。帰ってきた時、バスを降りた瞬間に聞こえてくる都会の騒音が私に落ち着きを与えてくれるのだ。
 大阪に帰ってきた時、いろいろな人に会う。そして私が青森の大学に通っているというと、「向こうの人はみんな優しいよね」と言う。私はどこの人も優しいと思う。大阪の人は冷たいとも思わない。むしろ大阪の人は活気があって元気がある。そして、「ご飯も美味しいでしょ」と言う。それぞれの特徴はあるが、大阪のご飯も美味しいと思う。
 大学は自由な時間がたくさんある。私は勉強とバイトで終わらせる大学生活はしたくないと常に思っていた。ぬるい環境に苛立ちを覚える時もあったし、それにどっぷり浸かっている自分にも嫌気がさした時もある。剣道4段取得を終え、一つの目標が達成され、何も目指すものがないときに、海外に一人旅に出た。今思えばちょうどいい時期に行ったのかもしれない。そこから私は何か変わったし、やらなければならないことも見つかった。
 いつもお世話になっている高校の友達によく言われる。「あんたは東京の方が向いてると思うで」。私は今まで20数年生きてきたが、何を大切にして、何をモットーにして、何を心に秘めて今まで生きてきたか。私は「上」にいきたい。人の上に立ちたいのだ。人には負けたくないんだ。そう思って今まで生きてきた。「上」とは社会的地位ではない。もっと違う意味だ。東京は勝負させてくれる場所だ。青森ではなかなか勝負させてくれる場所ではなかったし、張り合う相手もいなかった。だからボランティアでもなんでも出来たと思う。東京だったら他の誰かがやっていたに決まっている。私はこの「上」を目指し続けようと思う。これが私の生き方だからだ。もちろんそういう生き方は敵が増えるのは分かっている。10の成功を得ようと思えば、-10というリスクを背負わなければならない。リスクが嫌ならば、マイナスのない0を選べばいい。しかし、得られるものもない。私の恩師が言っていた。真ん中は通るな、と。1番になれ。2番はダメだ。2番になるんだったら最下位になれ、と。真ん中はいいかもしれない。批判も中傷されることもない。安全圏といわれる場所だ。そういう生き方もありだ。しかし、私は嫌だ。1番を目指す。これを死ぬまで貫き通す。なぜそういう生き方をするのかと尋ねられたらこう答えよう。「かっこいいから」。

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