2011年7月13日水曜日

WTCの跡地で

 しばらく休憩してから、ワールド・フィナンシャル・センターの中を歩いてみることにした。かなりきれいな建物であったが、それといって面白そうなお店などがあるわけではなかった。ぐるぐる回って、WTCの跡地をこの建物から見ることができた。今2012年完成予定のワールドトレードセンターの工事が行われているところである。なので、この周辺は工事でかなり慌ただしい様子である。
 今でもあの「9.11」は覚えている。あの時は小学生で、自然体験学習みたいな宿泊行事で家を出発する日の朝のニュースで見た。何が何だか分からなかった。とりあえず飛行機がビルに突っ込み、爆発した。そして、しばらくして建物が崩れた。そこだけではなく、ペンタゴンにも飛行機が突っ込んだ。「同時多発テロ」、そう呼ばれた。小学生であった私でも、何が何だか分からなかったが、恐怖を感じた。
 アメリカは歴史の浅い国である。そして、多民族国家。日本と違い、共通の過去を持たない。様々な人種が世界中から集まってきている。共通の過去が無いため、共通の目標、目的を持とうとする意識が強い国である。9.11以降、アメリカは一つになろうとした。“THE UNITED STATES!!!” と国中で決起し、街中に星条旗が溢れた。イギリスでも同時多発テロが起きたが、“THE UNITED KINGDOM!!!” にならなかったのは、その意識の差があるのではないかと考えている。
 9.11の跡地を見ているが、このようなところであの惨劇が起きたとは全く想像がつかない。こんなところであのような事件が起きれば、大パニックになるのは当たり前だと実感できた。本当にここであの事件が起こったのだろうか。跡地を見ながら、ビルに飛行機が突っ込む映像が頭の中で何度も再生された。9.11からイラク戦争へ突入した。イラク戦争は終戦したが、その傷跡は今も続いている。9.11当時の大統領、共和党のブッシュ大統領が言った言葉、「これは戦争である」。ここであの惨事を目の前で見ていたら、そう思ったのもわかるかもしれない。しかし、戦争は「正義」でも「道」でも何でもない。ただの愚かな行為である。そう思いながら9.11の跡地を見ている。
 次の場所へ向かうことにした。次はブルックリン橋に行こうと思い、その方向へと向かった。ブルックリン橋も有名なスポットである。ポストカードでもよく登場している橋だ。行く途中にはこれも有名な建物を見ることができた。マンハッタン自治体ビルやニューヨーク市庁舎を見ることができた。美しい建物である。やっとの思いで、ブルックリン橋に到着した。観光客でにぎわっている。さぁ、渡るぞ!!。

2011年7月12日火曜日

ハドソン・リバー沿い

 イントレピッド博物館を出て、遠くからこのイントレピッドを見てみようと思い、少しだけ歩いて遠くから眺めてみた。やはりかなり大きい。写真を取ったが、すべて入りきらない。この博物館に別れを告げて、次の場所へ向かうことにした。
 次は、世界貿易センタービル(WTC)の跡地「グラウンド・ゼロ」を見に行く予定であった。しかし、個々イントレピッド博物館からそのWTCのあるところまでかなり離れていた。快晴であったので、タクシーに乗る気分ではなかった。そこからマンハッタンの中央部分に戻るには、治安の悪いところを通らなければならなかったが、通る勇気もない。地下鉄も走っておらず、海岸沿いを歩いてロウアーマンハッタンの方に向かて歩き出した。私が歩いていたところは、ジョギングコースなのか、たくさんの人が走っていた。自転車に乗ってサイクリングしている人もたくさんいた。海岸沿いを歩いて正解だった。風が気持ちいい。暑いくらいで、ここでかなり焼けて、顔が真っ赤になってしまった。
 気持ちよかったが、なかなか目的地にたどり着けない。3,4回くらい休憩をはさみながら南下していった。足の裏や腰が痛い。
 海岸沿いといっても、ハドソン・リバーと呼ばれる河なのだ。河といってもかなり大きいのだが。向こう側は、ニュージャージー州だ。今回は行く予定はない。それにしても目的地が遠い。しばらく歩いていると、遠くの海上に何やら浮かんでいるものが見える。ちょうどそこになぜかわからないが、双眼鏡が設置してあった。しかも無料。覗いてみると、私が見たかったその浮かんでいるものに狙いが定まっていた。覗いた瞬間に「あっ!!」と声が出そうになった。覗く前から予感はしていたが、その予感が当たった。そう、「自由の女神」である。「自由の女神」を知らない人はいない。あれがそうか、と感動してしまう。今日の夕方見に行く予定だ。その前に見られるとは。「後で行くからな」と自由の女神に喧嘩を売るような声で言ってやった。
 やっとの思いで、目的地に到着した。とりあえず椅子に座りたかったので、WTCの近くのワールド・フィナンシャル・センターで休憩をすることにした。中に入り、ちょうどベンチもたくさんあり、ゆっくりと休憩ができた。ビジネスマンや観光客でいっぱいであった。お腹がすいたので、またまたお菓子を食べる。ニューヨークに来てからまともな食事は取っていない。その時は、まだ大丈夫と思っていたが、今思えばなんてバカなことをしていたんだろうと思う(笑)。それにしてもお腹がすいた。
 体力が回復するまでここで座ることにした。

Uボート

 イントレピッドの空母を出て、その博物館の敷地内に潜水艦の展示もしているのだ。もちろん中にも入れる。そこに行こうと思った。列に並び、最初はこの潜水艦の説明をしていた。何を言っているかはあまり分からなかったのだが、潜水艦の中は、汗やタバコなどの臭いでかなりくさかったという。
 さぁ、中へ入る。やはり中は狭い。しかし、生活に必要な設備はちゃんと整っている。トイレ、シャワー、キッチン、ベッドは設置されていた。ベッドはかなり窮屈そうで、ぐっすり眠ることはできないだろうという感じがした。複雑な機械が入れ混じり、どれがどの機能、役割を果たしているのか全く分からなかった。映画でUボートの中はよく描かれているが、その通りである。何といっても狭い。通路も人一人歩くのがやっとである。この中を指示通り、迅速に動いてこの艦を操るのはすごいの一言。最後に魚雷も見ることができた。
 私の高校の研修旅行が、アメリカのシカゴなのだが、シカゴ博物館とでもいうのだろうか、そこにもUボートが展示されていて、私の担任の先生がそのUボートを見せに行ったそうだが、中には入れなかったらしい。それを帰国してから先生から教えられた時、研修旅行に行けなかったが、彼らが見れなかったものを見ることができたと思い、少し嬉しくなった。
 
 この航空母艦イントレピッドやUボート、空母に展示されている戦闘機やヘリコプターはすべて軍事用である。私はこのブログで「かなり面白い」というふうに書いているが、決して戦争を支持しているということはない。そこは誤解しないでほしいのだが。私は単に「アメリカ」を見て、楽しんでいるのである。日本では味わえないことを楽しんでいるのである。これらの展示物は、日本ではまず見ることができないモノたちばかりである。そんなモノたちを見ることができたら、誰だって何らかの興奮は起きるものであろう。「面白い」とはそのことを言っている。そこのところを理解していただきたい。

 ここは担任の先生のお勧めの場所であるが、私もここを気に入った。ニューヨークに来たらまたここに寄ろうと思う。というか今まで訪れたところはすべて寄りたいのだが。「軍国アメリカ」を見ることができる。

2011年7月10日日曜日

イントレピッド海上航空宇宙博物館

 昨日、買い物に出かけたのだが、駅前に着いた途端に土砂降りの雨となった。ギリギリセーフであった。雨が収まるまで本屋さんで時間をつぶそうと思い、立ち読みをしていた。ほしい本がいくつか見つかったが、本を買うお金もなかったので、あきらめた。窓越しに外を見てみると、傘をさしている人がいなくなったので、外に出て自転車を走らせた。買い物と言っても何も買わなかったのだが、明日(今日)も天気が悪いという予報だったので、二日とも部屋にいるのは息苦しく、そういう理由で外に出たというわけである。
 ところが、今日日曜日晴れている。何だ、と思い、今ブログを書いているところだ。今日はどこにも行かない予定である。




 さぁ、ニューヨーク二日目の朝となった。7時30分に起き、出かける準備をした。今日はスムーズにドアを開け、テンポよく歩き出した。明日、ワシントンDCに戻る予定なので、アムトラックのチケットを買うところなどを確認しておこうと思い、ペンシルバニア駅に向かった。アムトラックの時刻表がほしかったのだが、無かったのであきらめることにした。そういえばまだあまりお土産を買っていなかったので、ちょうどお店が開いていたので、探してみることにした。ニューヨークの定番のスポットの絵が書いてある可愛いマグカップを見つけた。少し高かった。それはあきらめ、もう少し安いマグカップを買った。これは私の兄のお土産にした。
 今日はまず、イントレピッド海上航空宇宙博物館に行くことにした。ここは昔空母として使われていた船をそのまま博物館にしたものである。イントレピッド博物館までの道は歩いてははめておいた方がいいと、高校の担任の先生が言っていたので、タクシーで行くことにした。ペンシルバニア駅のタクシー乗り場でビジネスマンたちに交じって並んでいた。前の男性が、私に話しかけてきた。どこに行くのかと聞くので、イントレピッド博物館に行きますと答えると、どこにあるのかなどを教えてくれた。いくらくらいかかりますかと聞くと、$〇〇くらいかなと言っていた。タクシーに乗り、行き先を伝えた。黒人のドライバーはあまり愛想が良くなかった。
 15分か20分くらいで到着した。さぁ、空母がお出迎えだ。かなりでかい。遠足なのか、子供たちがたくさん来ていた。チケットを買い、中へ入る。まずは艦の中から見学する事にした。中にもヘリコプターや飛行機が展示されており、写真やテレビで見るよりもかなり迫力がある。すごいの一言。船のスクリューもある。
 その後甲板へ出てみると、さらにすごいものが展示されていた。何台もの戦闘機やヘリコプターである。あいた口がふさがらない。その迫力に負けてしまった。私はあまり飛行機などに詳しくないが、これはかなり楽しむことができる。当たり前のように飛んでいる飛行機や戦闘機だが、近くで見てみると、これを作った人間は本当にすごいと思った。特に気に入ったのは、ブラックバードである。ステルスのようなボディはかなり美しい。これが音速をも超えるスピードで飛ぶのだから、信じられない。
 飛行機の中で出会った白人女性は、このイントレピッド博物館はまあまあと言っていたが、とても面白い。アメリカだからこそできるこれらの展示。素晴らしい。

 このイントレピッド博物館は映画「ナショナルトレジャー」でニコラス・ケイジが歩いていたのを知っているだろうか。私も全く同じ所を歩いてみた。ハリウッドスターになった気分である(笑)。

2011年7月9日土曜日

STOMP

 私のストンプの会場の座席は、D列であったので、前から4列目で最高の位置であった。そもそもなぜ私がストンプを選んだかというと、以前のブログでも書いたかもしれないが、高校の担任の先生のおススメなのだ。私は最初はマンマミーアを見ようと思っていたが、先生のおススメということもあって、一度見てみようと思ったのだ。どのような内容かはほとんどわからなかった。
 開演の時間である。会場が暗くなり、照明が少し付く。一人の男性が現れ、ブラシを持っている。さらに一人、さらに二人と人が現れ、その中には女性も含まれていた。ブラシで掃除しているのかと思いきや、リズムをとっていた。ブラシ一つでこれほどの音が出せるのかと感激。しかもこのチームワーク、一体どれほどの練習を積み重ねてきたのであろうか。この世界一のミュージカルの本場の中で勝ち抜いてきた者たちである。これに命をかけているのは、見ている私たちにもすぐにわかる。
 ブラシ、ゴムのパイプ、椅子、ゴミ箱、ゴミ箱のふた、ジッポライター、新聞紙、ビニール袋などと日常生活でよく使われているもので、パーカッションを行っていく。どの演技も圧巻である。すごすぎる。英語が全く分からない人でもこれは120%楽しむことができる。なぜならパフォーマーはしゃべらないからだ。言語なしでここまで楽しませてくれるのは、驚きである。
 約3時間弱くらいであろうか、一瞬で楽しい時間は過ぎ去ってしまった。最後はスタンディングオーベーション。割れんばかりの拍手であった。私もこれには満足であった。惜しみない拍手を送ってあげた。その後にさらに驚きの出来事があった。一人のパフォーマーが現れ、日本のために義援金を送りたいというのである。みんなで助け合っていきたいという。その言葉、歓声に、私は涙があふれてきた。それほどまでに日本のことを思ってくれているのか。うれしい。本当にうれしい。会場を出たところに、数名のパフォーマーがバケツを手に、義援金を集めていた。もちろん私もバケツの中にお金を入れ、日本から来ましたと、話しかけてみた。私はどうやってこの感謝の思いを伝えればいいのかわからなかった。具体的に何を話したかは、はっきり私もわからなかったが、とにかく“Thank you” を繰り返していた。本当にありがとう。これもアメリカの「TOMODACHI作戦」の一つなのかなと後で思った。
 23時を回っていた。大通りからタクシーを拾ってホテルまで。やっと一日目が終わった。疲れたが、それ以上に楽しかった。最高である。

 私は、今までアメリカ人に対しての悪口をよく耳にしていた。しかし今回のことで、アメリカの人はめちゃくちゃ優しいことが分かった。肌で感じた。何も知らない人が、アメリカの人の悪口を言っていたら、私は絶対に許さない。あれほどまでに日本のことを思ってくれていたのだから。今の私は、「感謝」しかない。本当にありがとう。いつか恩返ししなければ。

2011年7月8日金曜日

ブロードウェイのミュージカル

 フラットアイアン・ビルの横を通り、ブロードウェイを南へ下る。しばらくするとユニオンスクエアという公園があった。そこにもたくさんの人がいた。何やらパフォーマンスをしている人がいた。何をしているかは見えなかったが、かなり盛り上がっていた。椅子に座ってチェスをしている人もいた。そこから歩いて15分か20分くらいでストンプの会場に到着した。トイレをしておこうと思い、建物の中を覗いてみたが、トイレらしき表示は見つからない。もう少ししてから探そうと思い、外で待っていた。すると白いリムジンが来た。出てきたのは普通の観光客みたいであったが、高級ホテルから来たのだろうと思った。今回の旅では到底私はリムジンには乗れないな、と心の中で笑っていた。
 トイレをしようと思い、中にいたスタッフにトイレはどこか聞くと、2階にあるよと言われ、階段を上った。2回のどこかわからない。適当に歩いていると、体の大きな黒人が現れ、突然でびっくりしたが、何も言っていないのに、そこだと言った。何がそこなのだろうと思い、行ってみるとトイレであった。おそらく2階に来る人はトイレの用事の人が多いのだろう。私は「大」の方のトイレであった。中には誰もいない。ゆっくりトイレができると思い、二つ「大」ができるトイレがあった。しばらくすると、隣の「大」をするトイレに人が入ってきた。そして「小」をする人も入ってきた。その時は何も思わなかったが、「小」を済ませた人がトイレから出ていき、「大」をしている隣の人と、私だけになった。そこから私は少し怖くなってきた。早く済ませようと思ったが、なかなか出ない。かなり焦った。しかし、もっと焦ったのは、どうも隣にいる人の物音がしないのだ。トイレしている様子ではない。何をしていたかは全く分からないが、とりあえずトイレはしていなかった。それが一番怖かった。結局先に出ていったのは隣の人であった。私も出すモノをすべて出し、1階へ降りていった。
 ストンプはブロードウェイではなく、オフ・ブロードウェイと私はこのブログでも書いているが、どう違うのか疑問に思っている人がいるかもしれないので少し説明しておこう。
 ブロードウェイはみんな知っているが、オフ・ブロードウェイとはどういうものなのだろうか。オフ・ブロードウェイとは、ブロードウェイとは違い、興行成績を意識せずに前衛的、実験的なパフォーミングの舞台を見せてくれる。ブロードウェイから外れたエリア、おもにダウンタウンで行われるためにそう呼ばれるようになった。ブロードウェイのやり方に疑問を感じた演劇人が、枠にとらわれない実験的な演出を行う、自由な発想やユニークなスタイルの演目が多くブロードウェイにも強い影響を与えている。オフであったものが、ブロードウェイに昇格する事もある。会場もブロードウェイと比べて小さくなる。
 しかし、オフオフ・ブロードウェイも存在する。今では、オフ・ブロードウェイも商業的に成功をおさめ、ある意味でその本来の性質を失いつつある。これに代わってオフオフ・ブロードウェイの存在があるのだ。劇場という施設から離れて、ロフトや教会、カフェといったところで上演される。
 ブロードウェイとは3種類あることを覚えてもらいたい。そして、ブロードウェイのミュージカルを観に行くときは、この3種類があったことを思い出してもらいたい。オフ・ブロードウェイは野球のマイナーリーグなどとは違う。彼らも本物だ。さぁ、そろそろストンプの始まる時間だ。

2011年7月7日木曜日

フラットアイアン・ビルの前で

 国連本部を出て、ブロードウェイまで行き、南へ下った。本当にマンハッタンを歩きまわっている。かなりしんどかったが、街並みを見ながら歩くのはめちゃくちゃ楽しい。飽きることが無い。歩いていて疲れたので、休憩しようと思い、フラットアイアン・ビルという面白い形をした建物があり、その前に休憩できるスペースがあったので、そこで休憩をすることにした。座ったが、すぐにのどが渇いてきたので、近くのスーパーみたいなところでコーラを買い、先ほどのスペースに戻った。オフブロードウェイのストンプは20時からだったので、まだまだ時間があった。とりあえず今までのことを忘れないうちに日記に記しておこうと思った。ちょうどテーブルもあったので日記を書いた。ふと顔を上げるとフラットアイアン・ビルが眼の前に立ちはだかり、ニューヨークにいるんだなということを再確認させられた。ニューヨーク1日目であったが、いろんなことがあり過ぎた。タイトな一日であった。まだストンプが残っているが。久しぶりに今日のような充実した一日を過ごすことができた。
 私のテーブルの周りでは、ご飯を食べている夫婦や本を読んでいる人、待ち合わせをしている人がいた。ご飯を食べている姿を見ると、私もお腹がすいてきた。かばんに入っていた日本から持ってきたお菓子を食べた。コーラを飲んでお腹がすいているのをごまかした。今思えば何をやっていたのだろうか(笑)。
 ニューヨークは古い建物と新しい建物が混在していて、それが何ともマッチしているのだ。美しい街だ。今まで私は東京が一番の街と思っていたが、ここニューヨークが今の私の一番の街である。「眠らない街」、「世界一エキサイティングな街」と言われているニューヨーク。本当にエキサイティングな街である。
 スケボーで街中を走る白人青年を見た。日本では浮いて見えるが、ここニューヨークではそんなことはない。自然に見えて何も変ではない。歩きたばこも当たり前。そう、アメリカは自由の国である。
 制服を着た黒人がこのスペースに来て、空いている椅子やテーブルを片付け始めた。もう片付ける時間なのかと思い、私も場所を移動する事にした。すぐ隣に公園があったので、そこのベンチに座ってまた日記を書いた。そろそろ移動しようかと思い、ストンプのある会場まで歩いていくことにした。ストンプが楽しみである。