日付が変わってしまったが、日曜日の青森は久しぶりに晴れた。火曜日の夜にまた東京に行かなければならないので、そのバスのお金を払いに行かなくてはならず、その幼児のためだけに山を下りた。コンビニで支払うのだが、コンビニに行くのに10分もかからないが、帰るのが面倒であった。風が強かったがそれほど寒くもなかったので、気持ちよかった。
今の受験のシーズンや流れ、ピークといったものが私が受験生だった頃とどれほど変わったかわからないが、受験は始まっているらしい。この時期だと公募かAOか推薦かのどれかであろう。教育実習で受験生を持った私としては、この「受験」というのがどうも気になるというかこだわってしまうというか特別な思いになるのだ。浪人を経験しているかなおさらその思いが強いのだろう。
私は今まで、高校受験、大学受験は一般入試で通ってきた。これは結果であって、推薦や公募を受けた経験はある。結果は全て落ちたが。だが、私はどうしても一般入試にこだわってしまうのだ。
「大学は入ったモン勝ち」、という考えがある。その通りかもしれない。一般で入ろうが、推薦で入ろうが、AOで入ろうが、結果は同じである。一般以外は決まる時期が早く、年内に結果が出る。一般以外の試験は論文であったり、面接であったり、詳しくはわからないが、それはそれの対策をしなければならない。一般とそれ以外とでは学力的に差が出るという話があるが、それは今回は置いておこう。推薦で合格する人は、その大学が自分の大学に入学するのにふさわしいと認めたのであるから、それから考えれば学力的には差はないのであろう。年内に決まる推薦とは違って一般は年が明けてから3月まで受験が続く。私としては「受験戦争」というのを体験して欲しいと考えている。この受験戦争というのは一般入試のことを述べている。
9月に教育実習に行った母校の文化祭があったのだが、そこで私が受け持ったクラスの一人の生徒の保護者の方と会った。その方とは教育実習中の体育祭で私に話をかけて下さり、その時以来であったが、私のことを覚えていてくださった。そこで受験の話になった。生徒は悩んでいて私も相談にのったことがある。その保護者の方は一般で受けて欲しいとのことで、「先生からもビシッと言ってやってください(笑)」と言われ、私もそのほうがいいのではないかと考えている。
私が高校時代の時に担任ではないが、隣のクラスの先生なのだが(かなりお世話になった)、その先生も一般入試をすすめていた。その方が「美しい」というのだ。その先生のこの表現はまさに私が言いたいことピッタリである。最後の最後まで戦い続ける約3ヶ月間の一般入試の方が、人生においても貴重な経験となるからである。戦い抜く力が養われるのではないか。
そういえば私が浪人していた時、大好きだった先生は3人いるが、そのうちの一人で倫理を教えてもらっていたのだが、センター試験前の最後の授業のあと、先生のところへ行った。この先生の授業は今までで一番興味がそそられる大変面白い授業であったので、私は毎回一番前の席に座って先生が話をすることすべてをメモに取るくらい熱心に聞いていたのを覚えている。その先生から最後に一言書いてもらおうと思い、ノートを持っていったのだ。そして書いてもらった言葉がこれだ。この言葉は倫理を学んだ人にはわかるだろう。そして私も今の受験生に同じ言葉を送りたい。
『「目的の王国」の扉は、開いたといえ!!』
日々の生活の中で、感じたこと、考えたこと、思ったことをテキトーにくだらない感じで書いているブログである。ブログタイトルは映画『キングスマン』の1シーンからパクって今までのタイトルと合わせたものである。 コメントを投稿していただいた方の返答はそのコメントの下に書かせていただいております。返答はコメントのところをご覧下さい。
2012年11月12日月曜日
2012年11月11日日曜日
前厄
今年、私は前厄なのだ。いつか忘れたが、ある神社でそれを目にしたのだ。私は占いとかそういうものはあまり信じないタイプだ。占いに人生左右されたくないという思いから、あまり信じないようにしている。しかし、人間というのはおかしなもので、そういうものを一度目にしてしまうと、それが頭から離れなくなってしまうものだ。「前厄」という文字が頭の中で回っている。
どうも今年は何もかもがうまくいかないような気がしてならない。最近の話で言うと、時計のベルトの部品がどこかで取れてしまったのか、突然付けていた時計が落ちてしまうし、夜行バスに携帯電話を忘れてしまうし、自転車が撤去されてしまうし、・・・etc。夜行バスに忘れた携帯電話はすぐにバス会社に電話してなんとかなった。最近は公衆電話がなかなかないので、携帯電話を二つ持っていてよかったと思う次第だ。自転車が撤去されたのは、15分ほど止めていたあいだに綺麗あっさり持って行かれてしまった。そのへんを探してみたが悪あがき。もうボロ自転車だったので、保管料2500円取られるなら新しいのを買おうかなとも思ったが、今は新しい自転車を買う余裕もない。撤去された自転車は中学生の頃から乗っていて、7000円ほどで手に入れたものだ。ここまできたら愛着がある。走行距離もかなりものだ。そして就職活動だ。これはいつも書いていることなので今回は省かせてもらう。
さすがの私もここまで来たらその「前厄」とやらが気になってくる。今年が前厄ということは来年は厄年。これが前厄なら来年は一体どんなことが起きるのだろうか。恐ろしい。恐ろしいではないか。年が明けて最初に言う言葉は、“Happy New Year!!”ではなく、“UNhappy new year!!”だ。来年私は生きているだろうか。そこが一番心配だ。あずきをたいて皆に配ろうか、お祓いをしてもらおうか。まあなんでもいいが、とにかく今私はビビっている。
前厄だと言ってそのせいにはしたくないものだ。すべて自分次第で防げるものばかりである。自分が少し気をつければいい話だ。もしかしたら来年の厄まで今に来ているのかもしれない。嬉しいような悲しいような。辛いものばかりでもない。悲しいことばかりでもない。苦しいことばかりでもない。今は苦しい章もしれないが、次の章は最高に楽しい章に違いない。そう考えれば、今のこの章も悪くない。
どうも今年は何もかもがうまくいかないような気がしてならない。最近の話で言うと、時計のベルトの部品がどこかで取れてしまったのか、突然付けていた時計が落ちてしまうし、夜行バスに携帯電話を忘れてしまうし、自転車が撤去されてしまうし、・・・etc。夜行バスに忘れた携帯電話はすぐにバス会社に電話してなんとかなった。最近は公衆電話がなかなかないので、携帯電話を二つ持っていてよかったと思う次第だ。自転車が撤去されたのは、15分ほど止めていたあいだに綺麗あっさり持って行かれてしまった。そのへんを探してみたが悪あがき。もうボロ自転車だったので、保管料2500円取られるなら新しいのを買おうかなとも思ったが、今は新しい自転車を買う余裕もない。撤去された自転車は中学生の頃から乗っていて、7000円ほどで手に入れたものだ。ここまできたら愛着がある。走行距離もかなりものだ。そして就職活動だ。これはいつも書いていることなので今回は省かせてもらう。
さすがの私もここまで来たらその「前厄」とやらが気になってくる。今年が前厄ということは来年は厄年。これが前厄なら来年は一体どんなことが起きるのだろうか。恐ろしい。恐ろしいではないか。年が明けて最初に言う言葉は、“Happy New Year!!”ではなく、“UNhappy new year!!”だ。来年私は生きているだろうか。そこが一番心配だ。あずきをたいて皆に配ろうか、お祓いをしてもらおうか。まあなんでもいいが、とにかく今私はビビっている。
前厄だと言ってそのせいにはしたくないものだ。すべて自分次第で防げるものばかりである。自分が少し気をつければいい話だ。もしかしたら来年の厄まで今に来ているのかもしれない。嬉しいような悲しいような。辛いものばかりでもない。悲しいことばかりでもない。苦しいことばかりでもない。今は苦しい章もしれないが、次の章は最高に楽しい章に違いない。そう考えれば、今のこの章も悪くない。
2012年11月10日土曜日
学生とは
最近の青森は雨ばっかりでどこへも行けない。今日は少し太陽が出たが、また雨が降っていた。どこへも行けないというが、晴れたとしてもどこにも行かないだろう。行くところもないし、今はあまり外へは行く気がしない。気分的にすっきりしないというのが今の気分だ。まあ、それはさて置き。
昨日は『桐島、部活やめるってよ』の感想を書いたのだが、今日もその続きと行きたい。この作品の感想ではなく、次の『学生時代にやらなくてもいい20のこと』だ。これはエッセイで、『桐島・・・』とは全く違う雰囲気で、同じ著者が書いたとは思えないくらいの差がある。なんといってもこれは笑いっぱなしの最高に面白い作品であった。本でここまで笑ったのは生まれて初めてだったかもしれない。
昨日も述べたが、若い作者らしい文章表現で、それが読者の心に入って来やすい。題名は、学生がやらなくてもいいこと、とあるが、学生にしかできないことが綴られてあった。学生だからできること、それは時間があることだ。やろうと思えばいつでもできる。気持ちさえあれば。私もこの4年間でいろいろなことをしてきたが、この本を読むと「私もまだまだだな」と感じる。
人生を二つに分けるとしたらどこで区切られるだろうか。いろいろな区切り方があるが、今回は学生と社会人に分けてみよう。学生の期間は大体の人が20過ぎくらいである。そしてそのあとは社会人だ。そう考えてみれば人生のほとんどが社会人ということになる。
東京でお世話になっている友人は社会人である。お酒を飲みながら一緒に話をしていて、いつも議論が白熱するのだが、私は学生の立場で話をしていて、彼は社会人の立場で話をしているので、どうも噛み合わないところが出てくるのだ。それは当然の話で、立場が違うのだから言うことも違う。私は社会人を経験したことがないので、社会人の考えや立場はわからない。彼いわく、「そんな簡単に言わんといてくれ」と。学生は責任においても甘い環境である。私がその甘ちゃんの意見を言っているから彼は気に食わないのだろう。もし逆の立場であったら私も彼と同じことを言うと思う。
社会人になれば全く自分の思い通りにいかないとは言わないが、学生に比べてある程度縛りが出てくるのは確かだろう。そんな簡単に思うようにはいかなくなる。やりたいことも我慢しなければならないことはしょっちゅうだろう。ということは、社会人になってはできないことがあるということだ。そのできないことを学生のうちしたほうがいいのでは。
人生において学生というのは貴重な期間である。教養を広め深め、見識を広げていく。様々な経験をする。とんでもなく馬鹿なことだってできる。それが若さ、学生の特権と言える。学生は甘いというが、限りなく貴重な時間であり、人間形成において最も重要な期間であり、自分の世界を広げられる時間なのだ。もちろんこれはすべて個々人、自分次第である。その東京の友人は高卒で社会人となったため、私が唯一彼に対抗した意見を言えるとしたらここで述べてきたことだろう。
大学の私の友人の一人が来年の1月にオーストラリアのケアンズに1週間ほどホームステイしに行くことになったらしい。「おー、ケアンズか。いいねー。」と私は言ったのだが、最初ケアンズがどこにあるのか全くわからなかった(笑)。オーストラリア大陸の北東岸にある。私がずっと前に話をしたときはアメリカという話であったが、最終的に決まったのがここケアンズだ。パスポートも、クレジットカードも用意できていて、あとは行くだけと準備万端であった。1月は向こうは夏だ。オーストラリアといえばグレートバリアリーフだ。是非とも美しい海を見てきてほしい。私としてはエアーズロックも見たいところだが、ケアンズからかなり遠いから行くことは難しいだろう。日本で考えれば青森から鹿児島に行くくらいかな。わからないが・・・(笑)。ホームステイということでホストファミリーがいろんなところに連れて行ってくれるはずだ。地元の人にしかわからない通なところにも。羨ましい(笑)。
オーストラリアは国旗を見てもわかるようにユニオンジャックが描かれている。イギリスの植民地であったため、話されているのは英語だが、詳しく言えばイギリス英語、ブリティッシュイングリッシュだ。アメリカ英語とどこが違うのか。私が知っている限りでは、一部の発音が違う。例えば“can”は、アメリカ英語だと「キャン」と発音するが、イギリス英語は「カン」と発音する。あと、建物の階の表現の仕方が違う。ここは忘れたので詳しくは書けない。あと、イギリス英語は丁寧な言葉で、アメリカ英語は少しおおらかなところがあるとされ、イギリス英語を話す人はアメリカ英語を少し嫌うところがあるらしい。これは聞いた話なので実際にどうなっているかはわからないが。
とにかく楽しんできて欲しい。一番大切なのはあいさつで、それも握手は重要なコミュニケーションの一つだ。それと、笑顔。
昨日は『桐島、部活やめるってよ』の感想を書いたのだが、今日もその続きと行きたい。この作品の感想ではなく、次の『学生時代にやらなくてもいい20のこと』だ。これはエッセイで、『桐島・・・』とは全く違う雰囲気で、同じ著者が書いたとは思えないくらいの差がある。なんといってもこれは笑いっぱなしの最高に面白い作品であった。本でここまで笑ったのは生まれて初めてだったかもしれない。
昨日も述べたが、若い作者らしい文章表現で、それが読者の心に入って来やすい。題名は、学生がやらなくてもいいこと、とあるが、学生にしかできないことが綴られてあった。学生だからできること、それは時間があることだ。やろうと思えばいつでもできる。気持ちさえあれば。私もこの4年間でいろいろなことをしてきたが、この本を読むと「私もまだまだだな」と感じる。
人生を二つに分けるとしたらどこで区切られるだろうか。いろいろな区切り方があるが、今回は学生と社会人に分けてみよう。学生の期間は大体の人が20過ぎくらいである。そしてそのあとは社会人だ。そう考えてみれば人生のほとんどが社会人ということになる。
東京でお世話になっている友人は社会人である。お酒を飲みながら一緒に話をしていて、いつも議論が白熱するのだが、私は学生の立場で話をしていて、彼は社会人の立場で話をしているので、どうも噛み合わないところが出てくるのだ。それは当然の話で、立場が違うのだから言うことも違う。私は社会人を経験したことがないので、社会人の考えや立場はわからない。彼いわく、「そんな簡単に言わんといてくれ」と。学生は責任においても甘い環境である。私がその甘ちゃんの意見を言っているから彼は気に食わないのだろう。もし逆の立場であったら私も彼と同じことを言うと思う。
社会人になれば全く自分の思い通りにいかないとは言わないが、学生に比べてある程度縛りが出てくるのは確かだろう。そんな簡単に思うようにはいかなくなる。やりたいことも我慢しなければならないことはしょっちゅうだろう。ということは、社会人になってはできないことがあるということだ。そのできないことを学生のうちしたほうがいいのでは。
人生において学生というのは貴重な期間である。教養を広め深め、見識を広げていく。様々な経験をする。とんでもなく馬鹿なことだってできる。それが若さ、学生の特権と言える。学生は甘いというが、限りなく貴重な時間であり、人間形成において最も重要な期間であり、自分の世界を広げられる時間なのだ。もちろんこれはすべて個々人、自分次第である。その東京の友人は高卒で社会人となったため、私が唯一彼に対抗した意見を言えるとしたらここで述べてきたことだろう。
大学の私の友人の一人が来年の1月にオーストラリアのケアンズに1週間ほどホームステイしに行くことになったらしい。「おー、ケアンズか。いいねー。」と私は言ったのだが、最初ケアンズがどこにあるのか全くわからなかった(笑)。オーストラリア大陸の北東岸にある。私がずっと前に話をしたときはアメリカという話であったが、最終的に決まったのがここケアンズだ。パスポートも、クレジットカードも用意できていて、あとは行くだけと準備万端であった。1月は向こうは夏だ。オーストラリアといえばグレートバリアリーフだ。是非とも美しい海を見てきてほしい。私としてはエアーズロックも見たいところだが、ケアンズからかなり遠いから行くことは難しいだろう。日本で考えれば青森から鹿児島に行くくらいかな。わからないが・・・(笑)。ホームステイということでホストファミリーがいろんなところに連れて行ってくれるはずだ。地元の人にしかわからない通なところにも。羨ましい(笑)。
オーストラリアは国旗を見てもわかるようにユニオンジャックが描かれている。イギリスの植民地であったため、話されているのは英語だが、詳しく言えばイギリス英語、ブリティッシュイングリッシュだ。アメリカ英語とどこが違うのか。私が知っている限りでは、一部の発音が違う。例えば“can”は、アメリカ英語だと「キャン」と発音するが、イギリス英語は「カン」と発音する。あと、建物の階の表現の仕方が違う。ここは忘れたので詳しくは書けない。あと、イギリス英語は丁寧な言葉で、アメリカ英語は少しおおらかなところがあるとされ、イギリス英語を話す人はアメリカ英語を少し嫌うところがあるらしい。これは聞いた話なので実際にどうなっているかはわからないが。
とにかく楽しんできて欲しい。一番大切なのはあいさつで、それも握手は重要なコミュニケーションの一つだ。それと、笑顔。
2012年11月9日金曜日
これが人間関係
先日も書いたが、私は大阪で読書をしていた。朝井リョウ氏の本を2冊読んだのだが、『桐島、部活やめるってよ』、『学生がやらなくてもいい20のこと』である。まず、母が『桐島、部活やめるってよ』を読んでいたのだ。映画にもなった作品だが、最初はあまり読む気がしなかった。自分の好きな作家や、興味のある本は迷わず読むのだが、面白いのか、そうではないのか、そこで迷ってしまう。当たりならいいのだが、ハズレの場合もある。しかし、今話題の本は読んでおいたほうがいいだろうと思い、半分母にも勧められながら読んでみた。若い作者ということもあり、今までにない構造で、なかなか面白いではないか。桐島君が部活をやめることにより、周りの生徒に直接的にも間接的にも影響が及んでいく。数名の生徒の視点からストーリーが描かれているのだが、ここで一番すごいと思ったのが、桐島君の視点からはストーリーは全く描かれていないということだ。そこが私としては「やるねー」とついつい笑みがこぼれてしまうところであった。
様々なタイプの高校生が、それぞれの視点で周りを見つめているのだが、これが高校生なのか、そして私もこのような時を過ごしていた、いや、今も過ごしている、そう思った。人のことを羨ましく思ったり、嫉妬したり。時には腹が立ったり。周りは周り、自分は自分と線引きしたつもりでも、それはできないことである。自分にとってはどうでもいい人もいるだろう。今まで全く自分には関係ない人と思っていた人を見ていて、ふと気がつくこともあるだろう。人間社会ではなぜかわからないが、上と下ができる。これは年上と年下という意味ではなく、わかりやすく言えばイケてるやつとイケてないやつだ。イケてるやつが目立ち、イケてないやつは目立たない。イケてるやつが勝者で、イケてないやつが敗者・・・・・。ちょっと待て。これは違うだろ。
世の中にはいろんな人がいる。70億人の人がいれば70億通りの行き方があり、それぞれの人生があり、それぞれの物語があり、それぞれのストーリーがあり、それぞれのドラマがある。それは一人一人に必ずあるもの。テレビに出ている有名人がいい人生なのか。イケてるやつがいい人生を歩んでいるのか。以前このブログでも書いたが、筋書きのないドラマはどこにだって存在している。イケてるやつにも、イケてないやつにも、そして私自身にも。
周りにいろんな人がいて、そしてお互いに何らかの影響を及ぼしながら生きている。たった一人の何気ない行動が水面のように及んでいく。それはイケてるやつにもイケてないやつにも何かを感じさせる。複雑化する人間関係の中に、勝者だの敗者だの、イケてるだのイケてないだの、黒だの白だの、そんなふうに考えるのは少し脇に置いておいたらどうだろうか。
結論として、今回は何が言いたいのかは自分にもわからない(笑)。ただ、生きていくにおいて、単純に考えなければならないところと、そうではなく非常に複雑に入り組んでいるところがあるということである。
様々なタイプの高校生が、それぞれの視点で周りを見つめているのだが、これが高校生なのか、そして私もこのような時を過ごしていた、いや、今も過ごしている、そう思った。人のことを羨ましく思ったり、嫉妬したり。時には腹が立ったり。周りは周り、自分は自分と線引きしたつもりでも、それはできないことである。自分にとってはどうでもいい人もいるだろう。今まで全く自分には関係ない人と思っていた人を見ていて、ふと気がつくこともあるだろう。人間社会ではなぜかわからないが、上と下ができる。これは年上と年下という意味ではなく、わかりやすく言えばイケてるやつとイケてないやつだ。イケてるやつが目立ち、イケてないやつは目立たない。イケてるやつが勝者で、イケてないやつが敗者・・・・・。ちょっと待て。これは違うだろ。
世の中にはいろんな人がいる。70億人の人がいれば70億通りの行き方があり、それぞれの人生があり、それぞれの物語があり、それぞれのストーリーがあり、それぞれのドラマがある。それは一人一人に必ずあるもの。テレビに出ている有名人がいい人生なのか。イケてるやつがいい人生を歩んでいるのか。以前このブログでも書いたが、筋書きのないドラマはどこにだって存在している。イケてるやつにも、イケてないやつにも、そして私自身にも。
周りにいろんな人がいて、そしてお互いに何らかの影響を及ぼしながら生きている。たった一人の何気ない行動が水面のように及んでいく。それはイケてるやつにもイケてないやつにも何かを感じさせる。複雑化する人間関係の中に、勝者だの敗者だの、イケてるだのイケてないだの、黒だの白だの、そんなふうに考えるのは少し脇に置いておいたらどうだろうか。
結論として、今回は何が言いたいのかは自分にもわからない(笑)。ただ、生きていくにおいて、単純に考えなければならないところと、そうではなく非常に複雑に入り組んでいるところがあるということである。
2012年11月8日木曜日
きっと人間だって
私は映画が大好きである。小学生の時から好きになり、今まで洋画を中心に多くの映画を見てきた。その映画が好きになったきっかけの映画がある。それは『ターミネーター2』である。なんだよターミネーターかよ、という人もいるかもしれないが、私は単なるアクション映画ではなく、ヒューマンドラマ、そして人類にとっても必要な映画だと感じているからだ。小学生の時はそこまで深くは考えていなかったが、今改めて見てみると本当に素晴らしい映画だとつくづく思うのだ。
近未来で人類と機械との戦争が起きるのだ。人類抵抗軍のリーダーであるジョン・コナー。そのジョンを抹殺すべく、敵のスカイネットは過去にターミネーターを送り込む。そして少年時代のジョンを守るために人類抵抗軍もターミネーターを送り込む。そしてジョンをめぐる死闘が過去で行われるのだ。ここから先はまだこの映画を見ていない方は読まないほうがいいと思います。少しネタバレになってしまいますから。
ジョンをターミネーターが助けるのだが、これは人間と機械だ。全くの別物といっていい。しかし、人間であるジョンと触れ合っていくうちにこの機械であるターミネーターは徐々に変化していくのだ。人殺しが仕事であるというターミネーター。それは絶対にしてはいけないというジョン。日常生活では使わない言葉をターミネーターは使っていたが、ジョンが言葉を教えていく。そしてジョンと遊ぶターミネーター。少しづつだが機械は人間に近づいている。映画の後半に入るくらいにターミネーターはジョンに質問する。「なぜ人間は泣くのだ」と。心が傷つくってわかる、とジョンはターミネーターに聞くが、わからないと言う。触れ合っていくうちにもはや人間と機械ではなく、この世で最も信頼できる父親の存在となっていた。死闘を終え、ターミネーターは自分も抹殺しなければならないと自分を溶鉱炉に沈めるように言う。しかし、ジョンは泣き叫びながらそれを阻止しようとする。その時ターミネーターは理解したのだ。なぜ人間が泣くのかを。
この混沌とした今の時代。最も難しいのが人間関係かもしれない。自分の思うようにはいかないことのほうが多いかもしれない。誰もが、優しい人間になれたら、強い人間になれたら、そう願うだろう。苦しみや腹立たしさに耐えられず、人を殺す。人間は自分を中心に考え、利益のためなら、そして勝利のためなら人を殺してしまう。人と人が殺し合う戦争。最近のニュースを見ていても、この日本で子供が子供を殺すという事件もある。腹が立ったから人を殺すという何とも軽い気持ちで、それを聞いては苛立ちを覚えてしまう。命の重さとはどれほどのものなのだろうか。この映画はそれを教えてくれるのだ。機械のターミネーターですら、命の尊さを理解できたのだから。きっと人間だって。
「ジョンと遊んでいるサイボーグを見て、突然理解した。
ターミネーターは片時も休まず、いつもジョンのそばにいる。
決してジョンを傷つけたり、怒鳴ったり、酔って彼を殴ることなく、こうして見守ってくれる。
そしていざとなれば、命を捨ててジョンを守るのだ。
今まで父親代わりの男はたくさんいたが、父親の役が果たせるのはこのマシーンだけなのだ。
この異常な世の中で、それだけが確かなことなのだ。」―作品中より
近未来で人類と機械との戦争が起きるのだ。人類抵抗軍のリーダーであるジョン・コナー。そのジョンを抹殺すべく、敵のスカイネットは過去にターミネーターを送り込む。そして少年時代のジョンを守るために人類抵抗軍もターミネーターを送り込む。そしてジョンをめぐる死闘が過去で行われるのだ。ここから先はまだこの映画を見ていない方は読まないほうがいいと思います。少しネタバレになってしまいますから。
ジョンをターミネーターが助けるのだが、これは人間と機械だ。全くの別物といっていい。しかし、人間であるジョンと触れ合っていくうちにこの機械であるターミネーターは徐々に変化していくのだ。人殺しが仕事であるというターミネーター。それは絶対にしてはいけないというジョン。日常生活では使わない言葉をターミネーターは使っていたが、ジョンが言葉を教えていく。そしてジョンと遊ぶターミネーター。少しづつだが機械は人間に近づいている。映画の後半に入るくらいにターミネーターはジョンに質問する。「なぜ人間は泣くのだ」と。心が傷つくってわかる、とジョンはターミネーターに聞くが、わからないと言う。触れ合っていくうちにもはや人間と機械ではなく、この世で最も信頼できる父親の存在となっていた。死闘を終え、ターミネーターは自分も抹殺しなければならないと自分を溶鉱炉に沈めるように言う。しかし、ジョンは泣き叫びながらそれを阻止しようとする。その時ターミネーターは理解したのだ。なぜ人間が泣くのかを。
この混沌とした今の時代。最も難しいのが人間関係かもしれない。自分の思うようにはいかないことのほうが多いかもしれない。誰もが、優しい人間になれたら、強い人間になれたら、そう願うだろう。苦しみや腹立たしさに耐えられず、人を殺す。人間は自分を中心に考え、利益のためなら、そして勝利のためなら人を殺してしまう。人と人が殺し合う戦争。最近のニュースを見ていても、この日本で子供が子供を殺すという事件もある。腹が立ったから人を殺すという何とも軽い気持ちで、それを聞いては苛立ちを覚えてしまう。命の重さとはどれほどのものなのだろうか。この映画はそれを教えてくれるのだ。機械のターミネーターですら、命の尊さを理解できたのだから。きっと人間だって。
「ジョンと遊んでいるサイボーグを見て、突然理解した。
ターミネーターは片時も休まず、いつもジョンのそばにいる。
決してジョンを傷つけたり、怒鳴ったり、酔って彼を殴ることなく、こうして見守ってくれる。
そしていざとなれば、命を捨ててジョンを守るのだ。
今まで父親代わりの男はたくさんいたが、父親の役が果たせるのはこのマシーンだけなのだ。
この異常な世の中で、それだけが確かなことなのだ。」―作品中より
アメリカ大統領選挙
アメリカの大統領が決まった。オバマ氏が再選を決め、ロムニー氏との接戦を勝ち抜き、アメリカ国民は再びリーダーをオバマ氏に決めたのだ。私も朝からこのことが気になってしょうがなかった。今テレビが壊れているので、インターネットで接戦の様子を見ていた。午前中は中部地方が開票結果が早く、ロムニー氏が勝利を収めていた。西海岸や、フロリダ州、そして最重要の州オハイオ州はまだ結果が出ていなかった。午前中はロムニー氏がリードしており、オバマ氏を応援していた私は少し不安になってしまっていた。しかし、予想では西海岸はオバマ氏が優勢と出ていたので、そこはあまり心配していなかったが、気になっていた州がフロリダ州とアメリカの縮図と言われるオハイオ州だ。オハイオを落として大統領になることはできないと言われているほど最重要の州。午後になり、予想通り西海岸を勝利に収めたオバマ氏が一気に逆転した。今日はゼミがあったので、それに出席していたのだが、気になって授業に集中できず、こっそりスマートフォンを使ってチェックしていた。14時を過ぎたくらいであったか、オバマ氏がオハイオ州の勝利を確定し、ロムニー氏が敗戦の宣言をした。そしてその後、オバマ氏が勝利宣言したのだ。よかったと思い、深い息が漏れた。
アメリカ大統領選挙は夏季オリンピックが行われる年の11月に行われるのだが、4年前の大統領選挙は素晴らしいものだった。民主党のオバマ氏と共和党のジョン・マケイン氏。誰もが口ずさんだ“YES, WE CAN!!!”。あのオバマ氏の演説は歴史に残るものだろう。オバマ氏の前大統領ブッシュ氏が創り上げたアメリカはいかがなものであっただろうか。「強いアメリカ」であったのは本当かもしれない。9.11の同時多発テロによるイラク戦争。これは完全に泥沼化し、今もその苦しみ続いている。ブッシュ氏に変わりオバマ氏が大統領になったが、この4年の間でその「強いアメリカ」は薄れていったかもしれない。経済危機にも見舞われ、アメリカ国民はもう一度「強いアメリカ」を再建したいと思っていた人もいるだろう。今回一番の論点であった経済政策。それでもアメリカ国民はオバマ氏を選んだ。成果が見られるのはこれからだというオバマ氏。それを期待するアメリカ国民。
私がオバマ氏が好きな一番の理由は、プラハ演説によるオバマ氏が語った言葉。「我々は核を使った国として道義的責任がある」。核なき世界への大きな大きな一歩となった。実績がないのもかかわらず、オバマ氏はノーベル平和賞を受賞。それほど人類にとって大きなことであったのだろう。私も、この人なら核なき世界を実現できるのではないか、そう思ったのだ。さらにもう一歩踏み出して欲しい。再選を決めたオバマ氏に、今回はそのことは論点には含まれていなかったが、私はそれを期待している。
世界のリーダーとしてアメリカが引っ張ってきたが、今は本当にそうかという疑問がある。急発展を遂げている中国がアメリカに変わる世界のリーダーとなるのかと言われれば、そうではないだろう。私はオバマ氏には世界のリーダーとして、この世界を引っ張って欲しいのだ。軍事力によって世界を支配するのではなく、核なき世界による本当の平和に向けてこれからの4年、尽くして欲しいものだ。
アメリカ大統領選挙は夏季オリンピックが行われる年の11月に行われるのだが、4年前の大統領選挙は素晴らしいものだった。民主党のオバマ氏と共和党のジョン・マケイン氏。誰もが口ずさんだ“YES, WE CAN!!!”。あのオバマ氏の演説は歴史に残るものだろう。オバマ氏の前大統領ブッシュ氏が創り上げたアメリカはいかがなものであっただろうか。「強いアメリカ」であったのは本当かもしれない。9.11の同時多発テロによるイラク戦争。これは完全に泥沼化し、今もその苦しみ続いている。ブッシュ氏に変わりオバマ氏が大統領になったが、この4年の間でその「強いアメリカ」は薄れていったかもしれない。経済危機にも見舞われ、アメリカ国民はもう一度「強いアメリカ」を再建したいと思っていた人もいるだろう。今回一番の論点であった経済政策。それでもアメリカ国民はオバマ氏を選んだ。成果が見られるのはこれからだというオバマ氏。それを期待するアメリカ国民。
私がオバマ氏が好きな一番の理由は、プラハ演説によるオバマ氏が語った言葉。「我々は核を使った国として道義的責任がある」。核なき世界への大きな大きな一歩となった。実績がないのもかかわらず、オバマ氏はノーベル平和賞を受賞。それほど人類にとって大きなことであったのだろう。私も、この人なら核なき世界を実現できるのではないか、そう思ったのだ。さらにもう一歩踏み出して欲しい。再選を決めたオバマ氏に、今回はそのことは論点には含まれていなかったが、私はそれを期待している。
世界のリーダーとしてアメリカが引っ張ってきたが、今は本当にそうかという疑問がある。急発展を遂げている中国がアメリカに変わる世界のリーダーとなるのかと言われれば、そうではないだろう。私はオバマ氏には世界のリーダーとして、この世界を引っ張って欲しいのだ。軍事力によって世界を支配するのではなく、核なき世界による本当の平和に向けてこれからの4年、尽くして欲しいものだ。
2012年11月6日火曜日
大阪で読書
11月となった。早いものである。
10月中旬くらいからしばらく大阪にいた。今は青森に戻っているのだが、戻ってくる前に東京で就活をしてからこちら青森に戻ってきた。やはり生まれ育った故郷というのは居心地がいいものだ。落ち着くというのはそういうことを言うのだろう。大変な時期ではあるが、常に走り回っていては体がもたない。オンオフの切り替えが大切だ。適度な休息は精神にも体にも必要である。
大阪にいる間、主に読書をしていた。就活があるため、落ち着い読書ができないのだが、大阪に帰った時、無性に本が読みたくなったのだ。1週間半くらいしかいなかったが、4冊ほど読んだ。『ロングロングアゴー』重松清著、『桐島、部活やめるってよ』朝井リョウ著、『学生時代にやらなくてもいい20のこと』朝井リョウ著、『シックスティーン』石田衣良著、を読んだ。本を読むたびにつくづく本はいいなと感じる。
私は漫画は基本的に読まない。今まで一回も漫画を買ったことがない。友人に勧められて読んだことがあるが、自分からは読むことはない。いろんな人と話をしていて、私は漫画は読まないというと、人生損してるなとよく言われる。そして私はこう言う、「人生損してると思ったことは一度もない」と。
漫画には漫画の面白さがあるし、本には本の面白さがある。それは全くの別ものだと思っている。そしてどちらの面白さの方が好きかと言われたら、私は迷わず本のほうが好きだと答える。本のほうが奥深い感じがする。登場人物の姿や表情をすべて自分で自由に想像ができる。しかし、漫画は既に顔が描かれているため、想像する範囲が狭い。ほとんど時だけの本は好きなように想像できるところがいい。だからテレビよりもラジオ、ラジオよりも本で、自分の頭を使っているのは間違いなくテレビよりも本だ。まあ、テレビはテレビで面白いし、映画は本では描くことができないものがあるので一概には言えないが。
就職活動が終わればおんを読みまくるのだが、物事には順番があるので、優先順位をつければ先にやらなければならないことがある。とにかく目の前にあることに全力を傾けていこう。
10月中旬くらいからしばらく大阪にいた。今は青森に戻っているのだが、戻ってくる前に東京で就活をしてからこちら青森に戻ってきた。やはり生まれ育った故郷というのは居心地がいいものだ。落ち着くというのはそういうことを言うのだろう。大変な時期ではあるが、常に走り回っていては体がもたない。オンオフの切り替えが大切だ。適度な休息は精神にも体にも必要である。
大阪にいる間、主に読書をしていた。就活があるため、落ち着い読書ができないのだが、大阪に帰った時、無性に本が読みたくなったのだ。1週間半くらいしかいなかったが、4冊ほど読んだ。『ロングロングアゴー』重松清著、『桐島、部活やめるってよ』朝井リョウ著、『学生時代にやらなくてもいい20のこと』朝井リョウ著、『シックスティーン』石田衣良著、を読んだ。本を読むたびにつくづく本はいいなと感じる。
私は漫画は基本的に読まない。今まで一回も漫画を買ったことがない。友人に勧められて読んだことがあるが、自分からは読むことはない。いろんな人と話をしていて、私は漫画は読まないというと、人生損してるなとよく言われる。そして私はこう言う、「人生損してると思ったことは一度もない」と。
漫画には漫画の面白さがあるし、本には本の面白さがある。それは全くの別ものだと思っている。そしてどちらの面白さの方が好きかと言われたら、私は迷わず本のほうが好きだと答える。本のほうが奥深い感じがする。登場人物の姿や表情をすべて自分で自由に想像ができる。しかし、漫画は既に顔が描かれているため、想像する範囲が狭い。ほとんど時だけの本は好きなように想像できるところがいい。だからテレビよりもラジオ、ラジオよりも本で、自分の頭を使っているのは間違いなくテレビよりも本だ。まあ、テレビはテレビで面白いし、映画は本では描くことができないものがあるので一概には言えないが。
就職活動が終わればおんを読みまくるのだが、物事には順番があるので、優先順位をつければ先にやらなければならないことがある。とにかく目の前にあることに全力を傾けていこう。
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