早くも11月の中旬ということで、明日からかなり冬に近づくみたいである。11月の中旬なので、いつ冬になってもおかしくないのだが、やはり早いなーと思ってしまう。これは仕方のないことであるが、イヤな時期になってしまったのである。毎日泣きながら仕事に行かなければならない。
今年に入って自分にとって初めて観た映画は120本を超えていたので、目標数を超えたということで安堵していたのである。目標は年間120本ということで、1ヵ月に10本観ればいいペースで考えていたのであるが、それを軽く超えたので安心したのである。昨年はドラマ『ツイン・ピークス/ザ・リターンズ』を観ていたので、これが本数的に稼げなかったというのもあり、かなり苦戦したのであるが、今年は新しいドラマは観ていないので、と書いたのだが今Amazonプライム会員限定で観れる海外ドラマの『ザ・ボーイズ』というのがあるのだが、これは観たのである。といってもこのドラマはまだシーズン1しか配信されていないので、全く影響なかった。今年は何といってもマーベル・シネマティック・ユニバースの作品で前半は稼いでいたような気がする。今年もジャンルを問わず自分の観たいもの、おもしろそうなもの、話題になっているもの、他人から進めてもらったもの、などなどいろいろ観てきた。いつも行くメガネ屋さんや職場の隣のお店の店長と話をしていると自分の弱いところがわかってくるので、それをこれから埋めていこうかなと思っている。とはいっても今年はおそらく忙しくなってくるので観れる本数もかなり減ってきてしまうが、来年の3月くらいまではこの弱点と気になっている作品を観ていこうかなーと思っている。私はサスペンス系、ホラー系が弱いのかなーと思う。そして少し昔の王道有名作品を実は観ていなかったりするので。それを観なければならない。職場の隣の店長は俳優、女優名などそういうところから作品を観ている方で、私はどちらかと言えば監督関連、作品関連などそういったところから観ていっているので、俳優名、女優名はあまり覚えていないのである。そして好みの映画が全く違うのである。周りの人から見てみれば、あの二人は話が合うねー、と思われているかもしれないが、実は全く合っていないのである(笑)。これは好みの問題なので仕方のないことではあるが、その方の視点の考えを聞くのもなかなかおもしろいのである。私が『ファイト・クラブ』はどうか聞いてみると、その方はあまり乗れなかったみたいである。そしてその方のおススメが『ユージュアル・サスぺクツ』という映画が大好きなのだが、確かにおもしろいのだが私の中では大ヒットはしなかった。という感じで意見のぶつかり合いをしているわけである(笑)。ちゃんと仕事しながらではあるが。
最近いろいろなことで疲れているのかして体調があまり良くないような気がする。風邪をひいているとかそういうことではないのだが、どうもブルーな感じが続いているのである。まぁいろんな要因というか心配事みたいなものもたくさんあるので、それに少し反応しているのかもしれない。この感じをクリアにしても仕事自体の忙しさでアウトになるので、どっちみち今年いっぱいと来年の1月上旬まではこの感じが続くのは確定しているので、なんとか乗り切るしかないようである。
日々の生活の中で、感じたこと、考えたこと、思ったことをテキトーにくだらない感じで書いているブログである。ブログタイトルは映画『キングスマン』の1シーンからパクって今までのタイトルと合わせたものである。 コメントを投稿していただいた方の返答はそのコメントの下に書かせていただいております。返答はコメントのところをご覧下さい。
2019年11月13日水曜日
2019年11月2日土曜日
楽しみなイベント
おっと!!気が付けば11月になっているではないか。やはり思っていたように月日が経過するのが早すぎてもう今年も残すところあと2ヵ月である。本当に早いものである。これからというかもう始まっているのだが、お歳暮シーズンということで一年で一番忙しい時期に入る。本当に忙しいのに加えてクリスマスそして年末年始と世間では楽しみとされている行事ではあるが、このイベントらによって私は本当に苦しめられるのである(笑)。このイベントらがなければどれだけ楽であるか(笑)。そんなこと言っても仕方がないのだが、とにかく忙しくなるのが億劫である。と言いつつ、苦しいことばかりではない。これから私が楽しみにしているイベントもあるのだ。まずは長渕剛のライヴがあり、それに参加するのである。11月7日の大阪と、12月2日と3日の横浜に参加する予定である。今年はシネマ&ライヴというのだが、来年の1月に長渕剛主演の映画が公開されるのである。『太陽の家』というタイトルなのだが、予告編を見る感じでは至って王道パターンの感じではある。映画として私が求めているようなものはおそらくないだろう(笑)。今年のツアーは映画をまず観てからその後にライヴが始まるというイベント。私としてはライヴだけにしてくれと思っているのだが、本人に会えるだけでも私は幸せなので楽しみにしていたい。ツアーは10月31日から鹿児島で始まっているのだが、先日10月27日に緊急のイベントとして、今回のツアーのチケットをすでに購入されている人のみが応募できる1日限定無料ライヴがあったのだ。私はそれに応募して当選してしまったのである。2枚応募していたので、友人と一緒に参加してきたのだ。チケットは当日交換ということで、14時から交換開始であったので、13時40分くらいに到着して並んで待っていたのである。そしてチケットを交換してその座席がなんと最前列であった。今までに何度もコンサートには参加しているが、最前列は生まれて初めてであった。もうこれはすごい。しかも無料!!ここ大事!!(笑)今回のこの無料ライヴは最初に映画のダイジェスト版というかメイキング映像を観てからのライヴであった。映画自体がほんわかした、ほのぼのした感じの映画なので、映像が終わってライヴ開始前の映像が流れるのだが、このテンションの差というか、瞬時にテンションをMAXに持っていかなければならなかったので、今回が初めてだったので我々ファンもいつものような感じについていけなかったのである(笑)。ドラムが鳴り始めても誰も立とうとしなかったのである。私は何で立たないの??と思ったのだが、スクリーンが上がって剛本人が登場したらいつもの感じになってテンションMAXになった。ライヴ時間が1時間半くらいといつよりも短いのだが、その分休憩なしで、そして拳上げの時間が短くなっていた(笑)。時間が短いのは最初からわかっていたので、ちょっとナメていたところがあったのだが、チョーガチのライヴであった(笑)。それを最前列で参加できたこのしあわせ。剛と何度か目が合った!!気がする!!(笑)これは友人も同じことを言っていた!!(笑)でもそれくらいに距離が近かったし、呼吸であったり、足音であったり、近いからこそ聞こえる音も聞けて本当にすごかった。これが無料やで!!しつこい(笑)。何十年と彼の唄を聴いてきているが、やはり彼が一番である。本当にカッコいい。カッコ良すぎる。改めてファンになったことを誇りに思えたのである。本当にすばらしかった。これ無料ね(笑)。
あと11月22日、23日、24日と幕張メッセで行われる東京コンベンション2019に参加する予定である。これは昨年は仕事で参加できなかったのだが、今年は1日だけ参加できそうである。これはアメリカのサンディエゴで行われているのが本家なのだが、4,5年前からここ東京でも行われるようになった。わかりやすく言えば映画祭みたいなものである。といっても映画本編が流されるわけではなく、撮影で使用した小道具であったり、フィギュアであったり、グッズであったりととにかく映画関連のものが盛りだくさんで、映画ファンにしてみたら楽しくてしょうがないイベントである。ハリウッドスターも何人も来日され、握手会や撮影かなども行われる。これ有料(笑)。2年前に参加したときはマーベルのアベンジャーズ・シリーズはほとんど知らなかったので、今回はその分も楽しめそうなので本当に楽しみである。これが今年の残り僅かのチョー楽しみなイベントである。こういう楽しみなことがあるから生きていけるんだなー。
あと11月22日、23日、24日と幕張メッセで行われる東京コンベンション2019に参加する予定である。これは昨年は仕事で参加できなかったのだが、今年は1日だけ参加できそうである。これはアメリカのサンディエゴで行われているのが本家なのだが、4,5年前からここ東京でも行われるようになった。わかりやすく言えば映画祭みたいなものである。といっても映画本編が流されるわけではなく、撮影で使用した小道具であったり、フィギュアであったり、グッズであったりととにかく映画関連のものが盛りだくさんで、映画ファンにしてみたら楽しくてしょうがないイベントである。ハリウッドスターも何人も来日され、握手会や撮影かなども行われる。これ有料(笑)。2年前に参加したときはマーベルのアベンジャーズ・シリーズはほとんど知らなかったので、今回はその分も楽しめそうなので本当に楽しみである。これが今年の残り僅かのチョー楽しみなイベントである。こういう楽しみなことがあるから生きていけるんだなー。
2019年10月14日月曜日
「ジョークだよ」
先日台風が来ていたのだが、私のところはほとんど影響なく無事に過ぎ去っていったのだが、全国を見てみると大きな影響が出たみたいである。亡くなられた方も50人を超えたみたいで、これは非常に大きな災害となってしまった。本当に他人事ではないなと改めて痛感したのである。
前回の投稿で、新作『ジョーカー』の話を少しだけしたのだが、今回も少しだけ書いてみたい。多少ネタバレも含まれるので知りたくない方は映画を観てから読んでいただきたい。今回公開された作品は独立した作品になっているので、今まで全くDCコミックに触れていない人でも楽しめる作品になっている。今回この『ジョーカー』が公開されるというので、、アメリカでは警察や軍が動くほど本当に話題作というか問題作であった。というのも、クリストファー・ノーラン監督のダークナイト3部作の最期の作品である『ダークナイト/ライジング』で、前作の『ダークナイト』に影響を受けた人が『ダークナイト/ライジング』公開初日に映画館上映中に舞台上から銃を乱射するという事件が起きたのである。本当に偶然ではあるが、その銃を乱射しているシーンと映画のシーンがほとんど同じであったということで、映画を観に来ていた人は演出の一つと思ったらしく、最初は全く気が付かなかったみたいである。頬を打ち抜かれた人もいたのだが、その人も盛り上がってその瞬間は気が付かなかったが、血が流れていることが分かって初めて本物なんだということに気が付いたみたいである。それほどに『ダークナイト』が衝撃的な作品だったということである。主役であるバットマンよりも敵役のジョーカーの方が強烈だったので、本当に主役を食った敵であった。今回は全く新しく、このジョーカーというキャラクターがどうやってスーパーヴィランになっていったか、というのを描いた作品である。前回の投稿ではちょっとなーという感じの雰囲気を出してしまったのだが、これはものすごくダークで骨太な作品で、神経をしっかり持っていないとどっちにでも揺さぶられてしまう作品であることに間違いはない。当然ながら問題作と言われれば言われるほどいい作品だと私は思っているので、今回の『ジョーカー』もものすごい作品であった。まず一言で言えば、ものすごくよく考えられて作られた、周到につくられた作品であると思ったのである。ここでオチを言ってしまうのだが、最後は“夢オチ”なのである。ここで描かれてきたことはすべてジョーカーの頭の中の話なんだよ、というのである。後にジョーカーになるのがアーサー・フレックという大道芸人をしている人が主人
公なのだが、スタンダップコメディアンになるのが夢でその夢を追いつつ、母親の看病をしながら貧しい生活をしているのである。彼は病気を持っていて、悲しいことや悔しいこと、笑いたくなくても発作的に笑ってしまうという病気を持っていたのである。それで周りからは不気味に思われてしまうこともあった。彼は不運の連続で、周りの人から、そして社会からどんどん見捨てられるようになる。観ていると彼は本当にいいヤツで、彼に同情してしまうのである。彼はとある日、電車の中で若い女性が男3人からちょっかいをかけられているのを目撃する。それを見て笑ってしまい、男3人がアーサーのところへ来て彼はボコボコにされてしまう。そこで数日前に仕事仲間から護身用にともらった銃で3人を射殺する。そこから彼の人生は一気に変わってしまう。少しずつ少しずつ狂気へと狂気へと迫っていく。この作品の中でアーサーが数名殺すのだが、よくよく考えてみると殺された人は何かしら“悪いヤツ”であることがわかる。最終的にアーサーがやったこと、ジョーカーがやったことは社会の底辺で生きている人に共鳴し、ゴッサムシティが暴徒化するのである。貧しい人たちが金持ちに対して反乱を起こすのである。ゴッサムシティが炎上する中をジョーカーはパトカーに乗りながらその景色を見るて笑うのである。そのとき運転していた警察が「笑うんじゃねーよ。お前のせいでこんなことになっているだよ」と言う。そしてジョーカー「知ってるよ。きれいじゃない?」という。そのパトカーに乗ってこのセリフを言うときに、Creamの『White Room』が流れるのだが、もう本当にサイコーにカッコいいのだ。私も観ていて「おぉー!!」となった。このあと少し続きがあり、最終的にカウンセリングルームのシーンになる。この映画はカウンセリングルームに始まり、カウンセリングルームで終わるのである。おもしろいジョークを思いついたよとジョーカーはセラピストに言い、言ってみてと言われるのだが、「理解できないよ」と言う。血の付いた足跡を残しながら彼はカウンセリングルームを出て、看守らと追いかけっこしながらこの映画は終わる。夢オチなのである。途中にも、このシーンはどうもおかしいなー、さっきはこうだったのになぜ今はこうなんだろう、と疑問に思ってしまうところがある。すべてはジョーカーの頭の中で作られた話だからである。誰が本当のことを言っていて、誰が嘘をついているのか、それははっきりとはわからない。ノーラン監督の『ダークナイト』でも、ジョーカーが口が裂けた理由を何回か言うシーンがあるのだが、どれも毎回違うことを言う。どれが本当の理由かわからないのである。先ほどこの作品は“よく考えられた作品”と言ったが、悪く言えば“逃げ場所を用意している作品”であるとも言える。それもそのはずである。世界を代表するスーパーヴィランを正当化、もしくは美化するわけにはいかないからである。どこのシーンを突っ込まれても逃げ道があるので、それをうまく交わせるように作られているのである。この映画は危険な作品であるとよく言われているのを目にするのだが、その時点でもうジョーカーのジョークにやられてしまっているのである。「お前ら本気でそう思ってんの?ジョークだよ」とジョーカーは笑っているはずである。この作品はマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』と『キング・オブ・コメディ』の影響をかなり受けているのがすぐにわかる。この作品にはバットマンは登場しないが、厳密に言えば登場している。バットマンの本名が分かっている人ならすぐに「なるほど」となる。単独作品でもあり、ちゃんとわかってるよというのでそういった小ネタを入れている。モヤモヤした感覚になるのだが、この映画はそれでいいのかもしれない。ノーラン監督の『ダークナイト』のジョーカー役であったヒース・レジャーは役にはまり過ぎて亡くなってしまったが、今回のジョーカー役はホアキン・フェニックスはこういった頭のおかしい役は彼にとっては通常営業なので全く問題ないだろう。私は映画を平日の午後に観たのだが、ほぼ満席で本当にいろんな人が来ていた。マジで暇そうなクソババア集団・・・もとい年配の女性の方々、男性同士、女性同士、カップル、お一人様、などなど多彩であった。カップルで来るのはいいのだがこの映画を観終わった後どんな話をするんだろうかと私はそこが気になって仕方がない(笑)。それはどうでもいいのだが、とにかくすごい作品であることに間違いない。最後のパトカーに乗って『White Room』が流れるシーンはマジでサイコー。
前回の投稿で、新作『ジョーカー』の話を少しだけしたのだが、今回も少しだけ書いてみたい。多少ネタバレも含まれるので知りたくない方は映画を観てから読んでいただきたい。今回公開された作品は独立した作品になっているので、今まで全くDCコミックに触れていない人でも楽しめる作品になっている。今回この『ジョーカー』が公開されるというので、、アメリカでは警察や軍が動くほど本当に話題作というか問題作であった。というのも、クリストファー・ノーラン監督のダークナイト3部作の最期の作品である『ダークナイト/ライジング』で、前作の『ダークナイト』に影響を受けた人が『ダークナイト/ライジング』公開初日に映画館上映中に舞台上から銃を乱射するという事件が起きたのである。本当に偶然ではあるが、その銃を乱射しているシーンと映画のシーンがほとんど同じであったということで、映画を観に来ていた人は演出の一つと思ったらしく、最初は全く気が付かなかったみたいである。頬を打ち抜かれた人もいたのだが、その人も盛り上がってその瞬間は気が付かなかったが、血が流れていることが分かって初めて本物なんだということに気が付いたみたいである。それほどに『ダークナイト』が衝撃的な作品だったということである。主役であるバットマンよりも敵役のジョーカーの方が強烈だったので、本当に主役を食った敵であった。今回は全く新しく、このジョーカーというキャラクターがどうやってスーパーヴィランになっていったか、というのを描いた作品である。前回の投稿ではちょっとなーという感じの雰囲気を出してしまったのだが、これはものすごくダークで骨太な作品で、神経をしっかり持っていないとどっちにでも揺さぶられてしまう作品であることに間違いはない。当然ながら問題作と言われれば言われるほどいい作品だと私は思っているので、今回の『ジョーカー』もものすごい作品であった。まず一言で言えば、ものすごくよく考えられて作られた、周到につくられた作品であると思ったのである。ここでオチを言ってしまうのだが、最後は“夢オチ”なのである。ここで描かれてきたことはすべてジョーカーの頭の中の話なんだよ、というのである。後にジョーカーになるのがアーサー・フレックという大道芸人をしている人が主人
公なのだが、スタンダップコメディアンになるのが夢でその夢を追いつつ、母親の看病をしながら貧しい生活をしているのである。彼は病気を持っていて、悲しいことや悔しいこと、笑いたくなくても発作的に笑ってしまうという病気を持っていたのである。それで周りからは不気味に思われてしまうこともあった。彼は不運の連続で、周りの人から、そして社会からどんどん見捨てられるようになる。観ていると彼は本当にいいヤツで、彼に同情してしまうのである。彼はとある日、電車の中で若い女性が男3人からちょっかいをかけられているのを目撃する。それを見て笑ってしまい、男3人がアーサーのところへ来て彼はボコボコにされてしまう。そこで数日前に仕事仲間から護身用にともらった銃で3人を射殺する。そこから彼の人生は一気に変わってしまう。少しずつ少しずつ狂気へと狂気へと迫っていく。この作品の中でアーサーが数名殺すのだが、よくよく考えてみると殺された人は何かしら“悪いヤツ”であることがわかる。最終的にアーサーがやったこと、ジョーカーがやったことは社会の底辺で生きている人に共鳴し、ゴッサムシティが暴徒化するのである。貧しい人たちが金持ちに対して反乱を起こすのである。ゴッサムシティが炎上する中をジョーカーはパトカーに乗りながらその景色を見るて笑うのである。そのとき運転していた警察が「笑うんじゃねーよ。お前のせいでこんなことになっているだよ」と言う。そしてジョーカー「知ってるよ。きれいじゃない?」という。そのパトカーに乗ってこのセリフを言うときに、Creamの『White Room』が流れるのだが、もう本当にサイコーにカッコいいのだ。私も観ていて「おぉー!!」となった。このあと少し続きがあり、最終的にカウンセリングルームのシーンになる。この映画はカウンセリングルームに始まり、カウンセリングルームで終わるのである。おもしろいジョークを思いついたよとジョーカーはセラピストに言い、言ってみてと言われるのだが、「理解できないよ」と言う。血の付いた足跡を残しながら彼はカウンセリングルームを出て、看守らと追いかけっこしながらこの映画は終わる。夢オチなのである。途中にも、このシーンはどうもおかしいなー、さっきはこうだったのになぜ今はこうなんだろう、と疑問に思ってしまうところがある。すべてはジョーカーの頭の中で作られた話だからである。誰が本当のことを言っていて、誰が嘘をついているのか、それははっきりとはわからない。ノーラン監督の『ダークナイト』でも、ジョーカーが口が裂けた理由を何回か言うシーンがあるのだが、どれも毎回違うことを言う。どれが本当の理由かわからないのである。先ほどこの作品は“よく考えられた作品”と言ったが、悪く言えば“逃げ場所を用意している作品”であるとも言える。それもそのはずである。世界を代表するスーパーヴィランを正当化、もしくは美化するわけにはいかないからである。どこのシーンを突っ込まれても逃げ道があるので、それをうまく交わせるように作られているのである。この映画は危険な作品であるとよく言われているのを目にするのだが、その時点でもうジョーカーのジョークにやられてしまっているのである。「お前ら本気でそう思ってんの?ジョークだよ」とジョーカーは笑っているはずである。この作品はマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』と『キング・オブ・コメディ』の影響をかなり受けているのがすぐにわかる。この作品にはバットマンは登場しないが、厳密に言えば登場している。バットマンの本名が分かっている人ならすぐに「なるほど」となる。単独作品でもあり、ちゃんとわかってるよというのでそういった小ネタを入れている。モヤモヤした感覚になるのだが、この映画はそれでいいのかもしれない。ノーラン監督の『ダークナイト』のジョーカー役であったヒース・レジャーは役にはまり過ぎて亡くなってしまったが、今回のジョーカー役はホアキン・フェニックスはこういった頭のおかしい役は彼にとっては通常営業なので全く問題ないだろう。私は映画を平日の午後に観たのだが、ほぼ満席で本当にいろんな人が来ていた。マジで暇そうなクソババア集団・・・もとい年配の女性の方々、男性同士、女性同士、カップル、お一人様、などなど多彩であった。カップルで来るのはいいのだがこの映画を観終わった後どんな話をするんだろうかと私はそこが気になって仕方がない(笑)。それはどうでもいいのだが、とにかくすごい作品であることに間違いない。最後のパトカーに乗って『White Room』が流れるシーンはマジでサイコー。
2019年10月12日土曜日
またまた台風
本日ここ東京は台風の影響で雨と風がものすごいことになっている。仕事の方も電車がほとんど止まるというのが分かっていたため休日となった。まぁ当然といったら当然なのだが。午後になってから避難勧告なのか避難指示なのかで携帯が今まで聞いたことがない警報音でガンガン鳴っているのである。風がすごくて窓ガラスが吹き飛びそうな勢いである。今住んでいる建物の2階に先ほど行ってみたのだが、廊下が“池”みたいになっていて、これはヤバいなとさすがに今までのとは違うことを痛感したのである。窓を閉めていても風と雨の音がすごいので、おそらく今日は眠れそうにない。ただただ何もないことを願うばかりである。
木曜日と金曜日がたまたま連休で、そして今日は臨時休日となったので3連休であった。木曜日は以前から予定していたのだが、宇都宮の少し先にいる友人に会ってきたのである。これで4回目の訪問である。朝は始発で行かなければならないというのか、始発で行かないと帰ってくるのが遅くなってしまうため、できるだけ早く行きたいのでいつも始発なのだが、うっかり寝坊してしまい、家を出る時間に起きてしまったのである。どうしようか、今日はやめておこうか一瞬迷ったのだが、連休はなかなかないのでやっぱり行かないとと思い、急いで準備して外に出たのである。アプリで今乗れば何時に到着するのかなど色々調べると、やっぱり時間が遅くなってしまう。友人がいる場所の近くにバス停があるのだが、私はいつも訪問を終えて10時14分のバスに乗って帰ってくるのだがそれを逃すと次に来るのが13時くらいにバスになってしまうのである。これは遅すぎるので、なんとしても10時14分に乗りたかった。このバスに乗るには寝坊した分を取り返さなければならないので、いつもは在来線を乗り継いで3時間かけて宇都宮の向こうまでいくのだが、仕方ないので今回は宇都宮まで東京駅から新幹線を乗ることにしたのである。在来線だと片道2600円くらいだが、新幹線だと5020円だった。高いといっても仕方ないのでこれに乗ったのである。そしたら快適快適で、あっという間に宇都宮に着いたし、寝坊した分も簡単に取り戻せたのである。というかそれよりも早く到着したのである。向こうの最寄り駅に到着して、そこから3分でバスが出発するので、走ってバス停に向かって滑り込みセーフで無事にバスに乗ることができたのである。いつもよりも1時間早い。待ち時間が全くない。8時10分くらいにその場所に到着し、会えるのが8時30分以降からなので、入り口に置いてあったベンチに座って少し待たせてもらったのである。間もなく受付をして無事に面会ができ、いろいろと近況報告など、バカ話をして今回も面会時間が30分だったが、それはあっという間に過ぎてしまい、また来るわと伝えてそこを出たのである。帰りのバスの時間を調べてみると、9時27分のがあり、時計を見たら9時20分だったので、こりゃまたラッキーで待ち時間なく最寄り駅に向かったのである。駅では電車を待つのに30分かかってしまったが、トータルすれば今回は待ち時間がかなり削られたのである。次もこのスケジュールで行けばかなり快適で、いつもよりも1時間以上早く東京に帰ってこれる。帰りは新幹線ではなく、在来線であったが。
そして新宿で降りて、先日公開された『ジョーカー』を観てきたのである。かなり疲れていたのだが、せっかくというか、明日も休みということもあり観てきたのである。感想はまた改めて書こうかなと思っているのだが、世の中が騒いでいるほど私の中ではぐっと来なかったのである。というかいろいろ考えてみると、観た後にモヤモヤする感覚になるのだが、あえてこの映画というか制作側、監督はそうしたのかなーと思ったのである。それはまた書きたい。ここ最近休日でも疲れてしまって映画の見る本数が減ってしまっていたのだが、この3連休で少し取り返せたのではないかなと思う。今回まとめて観た映画もどれもものすごい映画で、それも追々書いていこうと思う。
とりあえず今は台風がすごいので、なにもないことをひたすら願うばかりである。
木曜日と金曜日がたまたま連休で、そして今日は臨時休日となったので3連休であった。木曜日は以前から予定していたのだが、宇都宮の少し先にいる友人に会ってきたのである。これで4回目の訪問である。朝は始発で行かなければならないというのか、始発で行かないと帰ってくるのが遅くなってしまうため、できるだけ早く行きたいのでいつも始発なのだが、うっかり寝坊してしまい、家を出る時間に起きてしまったのである。どうしようか、今日はやめておこうか一瞬迷ったのだが、連休はなかなかないのでやっぱり行かないとと思い、急いで準備して外に出たのである。アプリで今乗れば何時に到着するのかなど色々調べると、やっぱり時間が遅くなってしまう。友人がいる場所の近くにバス停があるのだが、私はいつも訪問を終えて10時14分のバスに乗って帰ってくるのだがそれを逃すと次に来るのが13時くらいにバスになってしまうのである。これは遅すぎるので、なんとしても10時14分に乗りたかった。このバスに乗るには寝坊した分を取り返さなければならないので、いつもは在来線を乗り継いで3時間かけて宇都宮の向こうまでいくのだが、仕方ないので今回は宇都宮まで東京駅から新幹線を乗ることにしたのである。在来線だと片道2600円くらいだが、新幹線だと5020円だった。高いといっても仕方ないのでこれに乗ったのである。そしたら快適快適で、あっという間に宇都宮に着いたし、寝坊した分も簡単に取り戻せたのである。というかそれよりも早く到着したのである。向こうの最寄り駅に到着して、そこから3分でバスが出発するので、走ってバス停に向かって滑り込みセーフで無事にバスに乗ることができたのである。いつもよりも1時間早い。待ち時間が全くない。8時10分くらいにその場所に到着し、会えるのが8時30分以降からなので、入り口に置いてあったベンチに座って少し待たせてもらったのである。間もなく受付をして無事に面会ができ、いろいろと近況報告など、バカ話をして今回も面会時間が30分だったが、それはあっという間に過ぎてしまい、また来るわと伝えてそこを出たのである。帰りのバスの時間を調べてみると、9時27分のがあり、時計を見たら9時20分だったので、こりゃまたラッキーで待ち時間なく最寄り駅に向かったのである。駅では電車を待つのに30分かかってしまったが、トータルすれば今回は待ち時間がかなり削られたのである。次もこのスケジュールで行けばかなり快適で、いつもよりも1時間以上早く東京に帰ってこれる。帰りは新幹線ではなく、在来線であったが。
そして新宿で降りて、先日公開された『ジョーカー』を観てきたのである。かなり疲れていたのだが、せっかくというか、明日も休みということもあり観てきたのである。感想はまた改めて書こうかなと思っているのだが、世の中が騒いでいるほど私の中ではぐっと来なかったのである。というかいろいろ考えてみると、観た後にモヤモヤする感覚になるのだが、あえてこの映画というか制作側、監督はそうしたのかなーと思ったのである。それはまた書きたい。ここ最近休日でも疲れてしまって映画の見る本数が減ってしまっていたのだが、この3連休で少し取り返せたのではないかなと思う。今回まとめて観た映画もどれもものすごい映画で、それも追々書いていこうと思う。
とりあえず今は台風がすごいので、なにもないことをひたすら願うばかりである。
2019年9月27日金曜日
“真実”を求めて
今日は休みであったのだが朝からお腹が痛く、キリキリとした痛みで、起きていたら治るだろうと思っていたのだが、一向に収まらなかったのでもう一度寝たら治ったのである(笑)。最近といったらいいのかわからないが、どうも体調があまり良くないような気がするのである。別に風邪を引いたわけでもなく、悪いところがあるというわけでもなく、ただ何となくである。これはもう疲労によるものだと思い込んでいるのだが、寝ても寝ても寝足りないくらいである。昨日だって8時間は寝たのだが、お腹が痛くなってしまったのである。とまぁどうでもいい話なのだが(笑)。
先日ドラッグストアに行ったのだが、増税前ということで日用品を買いに来た人たちでごった返していてビックリしたのである。私はちょっとした買い物だったので、増税前だから買いに来たというわけでもなかったのだが、こんなにレジに並ぶと思っていなかったのである。全品10パーセント引きしていたからかなー。ようわからんがとにかくすごかったのである。
このドラッグストアに行く前に映画館に行っていたのだが、『プライベート・ウォー』という映画を観に行っていたのである。これは外国では昨年だったかそれくらいに公開されていたのだが、やっと日本で公開された作品である。しかし、公開している劇場が極端に少なく、東京でも2劇場しか公開していなかった。日比谷シャンテという映画館に行こうかなーと思っていたのだが、どうも時間的に微妙であった。私はできるだけ朝一に観たい派なので、午後にまたがる時間であった。少し公開劇場を探してみると、神奈川の川崎にある映画館で9時30分から始まるのがあったので、そこにしようと決めて行ったのである。ここ川崎は私が住んでいるところからそれほど遠くなく、30分もあれば到着する場所だったので、全く問題なかった。
この『プライベート・ウォー』という作品はメリー・コルヴィンさんという実在した女性が主人公の作品である。彼女はいわゆる戦場記者であった。イギリスのサンデー・タイムズ社の記者で、世界中の戦地に赴き、レバノン内戦や湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争、スリランカ内戦、シリア内戦などを取材していた。メリーさんはもうとにかくすごい人で、最も危険な場所に自ら飛び込んでそこにいる“弱者の声”を一人ひとり取材をしていく。2001年のスリランカ内戦でジャーナリスト入国禁止を無視し、バンニ地域に乗り込んだ彼女は、シンハラ軍と“タミル・イーラム解放のトラ”との銃撃戦に巻き込まれて被弾し、左目の視力を失ってしまう。PTSDに苦しみながらも、彼女はそれ以降も黒い眼帯をトレードマークに世界各地へと飛び回り、まさに“生きる伝説”であった。なぜそこまでして危険地域に乗り込んでいくのか。なにがそこまで彼女を突き動かしているのか。それはただ“真実”を伝えるためである。戦争と聞くと、100人死んだ、1000人死んだ、1万人死んだ、そう聞こえる。でもそれはただの数字に過ぎない。安心安全平和な国に住んでいる私たちにとってそれは他人事であり、その数字が大きかろうが小さかろうがはっきりいってどうでもいい話。「へーそうなんだー」、とただそれだけの感想。このタイトルのように戦争って大きい話のように聞こえるが、本当はそうじゃないんだと。一人ひとり、個人の話なんだと。今日お父さんが殺された、愛するわが子が爆発に巻き込まれて死んでしまった、がれきの下敷きになって死んでしまった、一人ひとりの声を届かせなければならない、顔がわかるようにしなければならない、なぜならそれが真実だからだ。そこから先には行ってはならないと言われても彼女は突っ込んでいく。まるで死に場所を求めているかのように。彼女は戦争中毒者でもあった。戦場が一番居心地がいいとも言っていた。彼女は“普通の生活”ができない人でもあった。イギリスに帰ってきては酒浸りでアルコール中毒でもあった。恋多き人でセックス中毒でもあった。でも彼女はものすごくオシャレな人で、戦場へ行くときは必ず最高級の下着を身に着けているのである。いつだってセクシーさを忘れない人でもある。タバコもガンガンに吸う人でもある。酒にタバコにセックスにともう本当にワイルドな彼女であるが、それが彼女にとっての“燃料”、“ガソリン”だったのかもしれない。「普通の生活が一番いい」という人がいるが、それって誰が決めたの?そもそも普通って何?彼女は優雅な生活に身を置いたときもあったが、彼女はそれは求めているものではなかった。苦しんでいる人が、今死んでいっている人がいるというのに、こんなところで気まま生活なんかできるか!!と。そう考えたら酒を飲まずになんかいられない!!と。このアルコール中毒は戦場に行かないと治らない!!と。我々のこの平和ボケした生活を見たら彼女はこういうだろう。「ふざけんじゃねーよ!!」と。酒とタバコとセックスを燃料に、彼女は最前線をも突破し、いつだって真実を求め、戦争という抽象的なものに一人ひとりの声や顔を持たせるためにメリーさんは世界中を駆け回る。それが私の仕事なんだと。
先日ドラッグストアに行ったのだが、増税前ということで日用品を買いに来た人たちでごった返していてビックリしたのである。私はちょっとした買い物だったので、増税前だから買いに来たというわけでもなかったのだが、こんなにレジに並ぶと思っていなかったのである。全品10パーセント引きしていたからかなー。ようわからんがとにかくすごかったのである。このドラッグストアに行く前に映画館に行っていたのだが、『プライベート・ウォー』という映画を観に行っていたのである。これは外国では昨年だったかそれくらいに公開されていたのだが、やっと日本で公開された作品である。しかし、公開している劇場が極端に少なく、東京でも2劇場しか公開していなかった。日比谷シャンテという映画館に行こうかなーと思っていたのだが、どうも時間的に微妙であった。私はできるだけ朝一に観たい派なので、午後にまたがる時間であった。少し公開劇場を探してみると、神奈川の川崎にある映画館で9時30分から始まるのがあったので、そこにしようと決めて行ったのである。ここ川崎は私が住んでいるところからそれほど遠くなく、30分もあれば到着する場所だったので、全く問題なかった。
この『プライベート・ウォー』という作品はメリー・コルヴィンさんという実在した女性が主人公の作品である。彼女はいわゆる戦場記者であった。イギリスのサンデー・タイムズ社の記者で、世界中の戦地に赴き、レバノン内戦や湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争、スリランカ内戦、シリア内戦などを取材していた。メリーさんはもうとにかくすごい人で、最も危険な場所に自ら飛び込んでそこにいる“弱者の声”を一人ひとり取材をしていく。2001年のスリランカ内戦でジャーナリスト入国禁止を無視し、バンニ地域に乗り込んだ彼女は、シンハラ軍と“タミル・イーラム解放のトラ”との銃撃戦に巻き込まれて被弾し、左目の視力を失ってしまう。PTSDに苦しみながらも、彼女はそれ以降も黒い眼帯をトレードマークに世界各地へと飛び回り、まさに“生きる伝説”であった。なぜそこまでして危険地域に乗り込んでいくのか。なにがそこまで彼女を突き動かしているのか。それはただ“真実”を伝えるためである。戦争と聞くと、100人死んだ、1000人死んだ、1万人死んだ、そう聞こえる。でもそれはただの数字に過ぎない。安心安全平和な国に住んでいる私たちにとってそれは他人事であり、その数字が大きかろうが小さかろうがはっきりいってどうでもいい話。「へーそうなんだー」、とただそれだけの感想。このタイトルのように戦争って大きい話のように聞こえるが、本当はそうじゃないんだと。一人ひとり、個人の話なんだと。今日お父さんが殺された、愛するわが子が爆発に巻き込まれて死んでしまった、がれきの下敷きになって死んでしまった、一人ひとりの声を届かせなければならない、顔がわかるようにしなければならない、なぜならそれが真実だからだ。そこから先には行ってはならないと言われても彼女は突っ込んでいく。まるで死に場所を求めているかのように。彼女は戦争中毒者でもあった。戦場が一番居心地がいいとも言っていた。彼女は“普通の生活”ができない人でもあった。イギリスに帰ってきては酒浸りでアルコール中毒でもあった。恋多き人でセックス中毒でもあった。でも彼女はものすごくオシャレな人で、戦場へ行くときは必ず最高級の下着を身に着けているのである。いつだってセクシーさを忘れない人でもある。タバコもガンガンに吸う人でもある。酒にタバコにセックスにともう本当にワイルドな彼女であるが、それが彼女にとっての“燃料”、“ガソリン”だったのかもしれない。「普通の生活が一番いい」という人がいるが、それって誰が決めたの?そもそも普通って何?彼女は優雅な生活に身を置いたときもあったが、彼女はそれは求めているものではなかった。苦しんでいる人が、今死んでいっている人がいるというのに、こんなところで気まま生活なんかできるか!!と。そう考えたら酒を飲まずになんかいられない!!と。このアルコール中毒は戦場に行かないと治らない!!と。我々のこの平和ボケした生活を見たら彼女はこういうだろう。「ふざけんじゃねーよ!!」と。酒とタバコとセックスを燃料に、彼女は最前線をも突破し、いつだって真実を求め、戦争という抽象的なものに一人ひとりの声や顔を持たせるためにメリーさんは世界中を駆け回る。それが私の仕事なんだと。
2019年9月15日日曜日
ここまでして出勤するか!?
先日ここ東京というか関東地方を台風が直撃し、想像以上に被害が出たのである。前日からJRをはじめメトロなど、交通機関が始発から8時までは運休するという情報が出たのである。前日の夜からも22時以降は運休するラインがあるということで、私が働いている百貨店の周りにある複合ショップは予定よりも早く閉店して帰宅を進めていたのだが、私のところは予定通りの閉店時間であった。意味不明である。そして営業中に回覧板が回ってきたのだが、明日予定通りオープンに品出しなどが間に合うのかどうか、というのが回ってきたのだが、かなりのお店が「×」または「△」になっていたので、当然私のショップのスタッフも来れない人が数名いたので当然「×」をして回したのである。もし全員出勤できたとしてもそこは空気を読んで「×」にしていたのだが(笑)。しかし、あれほどのお店が「×」にしていたのにもかかわらず、最終的に予定通り開店するとのこと。意味不明そして理解不能。回覧板を回す意味あったのか。FUCKである。私はというと、私は地価のルートを使用しているので、予定では通常運転する予定であった。他のスタッフが来れないことがもうわかっていたので、これは自分が全部やるしかないか、ということで始発で行くことに。というか始発で行くことはしょっちゅうなので、別に何の問題もなかったのだが。そしていつも通り4時過ぎに起きたのだが、もう風がゴーっと窓に吹き付けているのがわかる。これはヤバいなと思いながら身支度をし、いつもはすぐ仕事が始められる服装で行くのだが、その日はずぶ濡れになるのが分かっていたので、ジャージみたいな服装で行くことに。私はウインドブレーカーやカッパみたいなものは持っていなかったので、その恰好しかなかった(笑)。傘も意味がないというかさしても危ないことはわかっていたので最初から持たないことに。カバンもファスナーができて雨をはじく素材でできたものに入れ替え、さぁー行こうかと思ってドアを開けようとしたのだが、風か強すぎてドアが開かなかった(笑)。これは本当にヤバいなと思い、もう一度気合を入れなおして、ドアを思いきり開けて鍵を閉め、駅まで私は疾走、いや爆走したのである。雨がものすごくて3秒でびしょ濡れに。当然風が強烈で走ってもまっすぐ走れないのである。正面からの風になると立ち止まってしまうというのか前に進めなくなるのである。雨のすごいので雨が口や鼻から入ってきて、まるで水中にいるかのようである。看板がどこからともなくバンバン飛んできて、シャッターが布切れのようにバサバサ舞っているし、ある意味命の危険を感じながらの爆走であった。ここまでして出勤しなければならない意味が全く分からなかった。そこまでして開店するという百貨店の意味も当然理解できない。とりあえず無事に駅にたどり着いてタオルで拭いて電車を待った。20分遅れの始発であったが、20分くらいどうってことはない。店にたどり着いて着替えていつも通り作業を開始して、店頭の方の準備もしながら、もう一人スタッフが来てくれたのでなんとか開店に間に合ったのである。あとの情報によると、近くの百貨店は1時間遅れで開店させたり、正午からの開店にしているところもあったみたいである。それは正しい判断である。すでに見えていた、わかっていたリスクを回避させたのであるから。しかし、私のところはそうはならなかった。「お客様のため」???好きだね、このフレーズ。客のために我々スタッフはこんなにも危ない日に奴隷のように働かないといけないのか?客のために身を削らなければならないのか?本当にFUCKだと思う。本当にFUCK OFFだと思う。私が家を出たときが一番悪天候な時間帯だったと思う。普通なら危ないからもう少し収まってから家を出るのが賢明な判断だったと思う。当然そのときの私もその考えはあった。危ないのはわかっていたし。でも時間通りに開店すると宣言していたため、そして他のスタッフは来れないことが分かっていたため、行かざるを得なかった。というかやるしかなじゃないか。文句を言ったってしょうがないじゃないか。言いたいのは山々だが。でもやるんだよ。行くしかないんだよ。責任を負うよ。こんなくだらないことでそういうのは大袈裟な話だが、やるしかないんだよな。その日は通しで、21時30分くらいまではお店にいたかな。いろんな意味で疲れ果ててしまった。時代を読み間違えた、時代に取り残された、今私がいる環境である。そんな時代はもう終わっているんだよ。
2019年9月7日土曜日
“映画”という魔法
今日は久しぶり?なのかわからないのだが、ここ東京はかなり暑くなった。今日は休みでずっと家にいようと思っていたらいつも行っているメガネ屋さんから電話があり、注文していたケースがやっと届きましたという電話があったのである。今日を逃すと行ける日が来週になってしまうため、急ぎではなかったのだがせっかくなので急遽出かけることにしたのである。そのケースだけの用事ではもったいないと思ったので、ちょっとした用事を済ませてしまおうと思い、まずは六本木のミッドタウンに入っているお店に行き、つい先日と言っても1ヵ月ほど前に誕生日のお祝いとしてハガキをいただいていたのだが、それをお店にもっていったら何かもらえるということで、タダなら何でももらってやるぞ!ハハハッ!!というケチ臭いノリで買い物をしたのである。そこから歩いて表参道、原宿へ行き、原宿にある映画関係のフィギュアなどのグッズが置いているお店に行って、これもまたちょっとした買い物をして、そこからまた歩いて渋谷を通り抜けてメガネ屋さんに向かったのである。今日は歩いたことがない道をたくさん通り、こんなところにこんなお店があったんだーと新しい発見がたくさんあったのだが、なんせ今日は家にいる予定だったので、できるだけ早く用事を済ませて家に戻りたかったため、目的の用事以外はほぼスルー。久しぶりにかなり歩き、しかも今日に限ってめちゃくちゃ暑かったため、コンビニで水を買って水分補給をしながら歩いたのである。煽れにしても暑かった。まだまだこうやって夏の日があるというのはうれしいものだが、さすがにこれだけ歩いていると余計に体力が奪われていく。とまぁ無事にメガネ屋さんに到着して汗だくだったのでジュースまで出していただいて、ちょっとお話してお店をあとにしたのである。なぜケースを注文したかというとご存じの通り私はメガネやサングラスをたくさん持っているため、今までは棚の上に並べて置いていたのだが、ホコリがかぶってしまうというデメリットがあり、かけようと思う度に拭いてからかけなければならなかったのが面倒と思っていたし、ケースに入れておいた方が安心だということで思い切ってケースを注文したのである。私が注文したのは12本が入る大きいケースである。それを2ケース注文したのである。全部で24本入るのだがそれでもまだ入りきらないのが、ほとんどこのケースに収納できたのである。今度また画像をこのブログに添付したいと思う。そういえば読者の方からのリクエストで私のメガネコレクションをお見せするというお約束をしていたのだが、それがなかなかできず、やっとご紹介できそうである。本当にすみません。といっておいてまたズルズルいきそうな悪い予感もあるが、忘れずにちゃんと覚えております。もうしばらくお待ちくださいませ。
先日、映画館へ行き、タランティーノ監督最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』とエルトン・ジョンの伝記映画『ロケット・マン』を観に行ってきたのである。1日に2本観たのでめちゃくちゃ疲れたのだが、両作品ともサイコーにおもしろかったので、わざわざ足を運んだ甲斐があった。一つ残念だったのが、今回は渋谷にある映画館で観たのだが、ここは雑居ビルに無理やり映画館をぶち込んだみたいな映画館で、私の映画館の印象というかイメージは、エレベーターもしくはエスカレーターで上がったら、視野が開けてでかいロビーがあって、ポップコーンの匂いがしていて、最新作の予告編の映像がスクリーンに流れていて、みたいなイメージがあるので、ここ渋谷にある映画館はそれがなかったので、それが唯一の残念なところであった。まぁこれは本編とは全く関係のないところであるが。でも本編はそんなどうでもいいことを吹き飛ばしてくれるほどの本当にすばらしい作品であった。タランティーノ最新作ということで、今年で一番楽しみにしていた映画の一つである。事前情報によると69年のハリウッドが舞台で、マンソン・ファミリーによるシャロン・テート殺害の事件がストーリーに絡んでくるといったものであった。当然ながらこれは映画を観る前にいろいろ調べて映画を観に行ったのだが、ストーリーはあくまでリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)とクリフ・ブース(ブラッド・ピット)が主人公でメインの話であった。そしてコメディであった。上映時間は160分ほどで、アクションなどそういうド派手なシーンがないので、タランティーノ好きでなければおもしろいとは言われない作品だと思う。『パルプ・フィクション』もそうである。この作品を楽しめない人は今回の最新作も楽しめないかもしれない。私は大好きであるし、今回どういった内容になるのか自分なりに予想して観に行ったのだが、完全に裏切られたのである。これはめちゃくちゃいい意味である。やっぱりタランティーノ監督は歴史に対する思い、願いがあって、今回もそれを炸裂させてくれたのである。今回本編でブルース・リーが登場して、クリフ・ブース(ブラッド・ピット)と闘うシーンがあるのだが、このシーンは私はものすごく感動したというかすごいなーと思ったのである。タランティーノ映画を観ていたらわかるのだが、タランティーノはブルース・リーのファンで『キル・ビル』でブルース・リーの『死亡遊戯』に出てくる黄色いトラックスーツをユマ・サーマンに着せていて、ブラッド・ピットはデヴィッド・フィンチャー監督の『ファイト・クラブ』という映画で、ブルース・リーの動きを再現、コピーしているのである。つまり2人のブルース・リーファンがブルース・リーと闘っているのである。闘いの結果は言わないが、ブラッド・ピットもやっと“男”になった、並ぶようになったのかなーと思う。タランティーノ監督はやっぱり“正義”の監督なんだなーと改めて思ったのである。自分はこう思うんだ、こうしたいんだ、こうしたかったんだ、と自分の正義を映画というフィルムにのせてこの世に叩き付けてくれているんだと思う。当然ながら過去には戻ることはできない。修正もできない。でも、せめて映画の中だけでも、自分が思い描いた人生を生きてほしいと願いを込めているはずである。この映画の宣伝で「ラストで2人が奇跡を起こす」みたいな宣伝がされているが、確かにその通りだが、ちょっと意味合いとして違う気がする。タランティーノ監督の9作品目として集大成であり、全身全霊でタランティーノ監督の魂をぶつけてきている。これが映画なんだと。ド派手なシーンがないといけない?バース系でなければ感動できない?ヒーローが出てこないとダメ?そんな問いかけなど無意味であり、ブームに乗ろうとだけしている人たちを寄せ付けない、タランティーノ監督だからこそ生み出せた、創り上げることができた渾身の作品である。“映画”という魔法でやり遂げたかったこと、それを教えてくれる。
先日、映画館へ行き、タランティーノ監督最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』とエルトン・ジョンの伝記映画『ロケット・マン』を観に行ってきたのである。1日に2本観たのでめちゃくちゃ疲れたのだが、両作品ともサイコーにおもしろかったので、わざわざ足を運んだ甲斐があった。一つ残念だったのが、今回は渋谷にある映画館で観たのだが、ここは雑居ビルに無理やり映画館をぶち込んだみたいな映画館で、私の映画館の印象というかイメージは、エレベーターもしくはエスカレーターで上がったら、視野が開けてでかいロビーがあって、ポップコーンの匂いがしていて、最新作の予告編の映像がスクリーンに流れていて、みたいなイメージがあるので、ここ渋谷にある映画館はそれがなかったので、それが唯一の残念なところであった。まぁこれは本編とは全く関係のないところであるが。でも本編はそんなどうでもいいことを吹き飛ばしてくれるほどの本当にすばらしい作品であった。タランティーノ最新作ということで、今年で一番楽しみにしていた映画の一つである。事前情報によると69年のハリウッドが舞台で、マンソン・ファミリーによるシャロン・テート殺害の事件がストーリーに絡んでくるといったものであった。当然ながらこれは映画を観る前にいろいろ調べて映画を観に行ったのだが、ストーリーはあくまでリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)とクリフ・ブース(ブラッド・ピット)が主人公でメインの話であった。そしてコメディであった。上映時間は160分ほどで、アクションなどそういうド派手なシーンがないので、タランティーノ好きでなければおもしろいとは言われない作品だと思う。『パルプ・フィクション』もそうである。この作品を楽しめない人は今回の最新作も楽しめないかもしれない。私は大好きであるし、今回どういった内容になるのか自分なりに予想して観に行ったのだが、完全に裏切られたのである。これはめちゃくちゃいい意味である。やっぱりタランティーノ監督は歴史に対する思い、願いがあって、今回もそれを炸裂させてくれたのである。今回本編でブルース・リーが登場して、クリフ・ブース(ブラッド・ピット)と闘うシーンがあるのだが、このシーンは私はものすごく感動したというかすごいなーと思ったのである。タランティーノ映画を観ていたらわかるのだが、タランティーノはブルース・リーのファンで『キル・ビル』でブルース・リーの『死亡遊戯』に出てくる黄色いトラックスーツをユマ・サーマンに着せていて、ブラッド・ピットはデヴィッド・フィンチャー監督の『ファイト・クラブ』という映画で、ブルース・リーの動きを再現、コピーしているのである。つまり2人のブルース・リーファンがブルース・リーと闘っているのである。闘いの結果は言わないが、ブラッド・ピットもやっと“男”になった、並ぶようになったのかなーと思う。タランティーノ監督はやっぱり“正義”の監督なんだなーと改めて思ったのである。自分はこう思うんだ、こうしたいんだ、こうしたかったんだ、と自分の正義を映画というフィルムにのせてこの世に叩き付けてくれているんだと思う。当然ながら過去には戻ることはできない。修正もできない。でも、せめて映画の中だけでも、自分が思い描いた人生を生きてほしいと願いを込めているはずである。この映画の宣伝で「ラストで2人が奇跡を起こす」みたいな宣伝がされているが、確かにその通りだが、ちょっと意味合いとして違う気がする。タランティーノ監督の9作品目として集大成であり、全身全霊でタランティーノ監督の魂をぶつけてきている。これが映画なんだと。ド派手なシーンがないといけない?バース系でなければ感動できない?ヒーローが出てこないとダメ?そんな問いかけなど無意味であり、ブームに乗ろうとだけしている人たちを寄せ付けない、タランティーノ監督だからこそ生み出せた、創り上げることができた渾身の作品である。“映画”という魔法でやり遂げたかったこと、それを教えてくれる。
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