NHKの番組、『SONGS』に長渕剛が出演する予定なのだが、そのスタジオ収録ライブというのがあるのだが、それに申し込みをしていたところ、抽選で選ばれたのだ。最高にラッキーである。出欠の確認メールを返信してくださいとのことだったので、仕事が終わって早速返信をし、後日電話がかかってくるということだったのだが、電話がなかなかかかってこなかったのでこっちから確認した(笑)。そして改めて席を確保しておくとのことだったのでこれでほぼ確定である。嬉しいことこの上なし。好きなことには勢いでいかなければならない。その収録ライブが来週の月曜日ということで今から楽しみである。
先日、少し昔のあるテレビドラマスペシャルをユーチューブで見ていたのだが、内容を一言で言ってしまえば、熱血教師がいじめのあるクラスを一つにする、というありきたりなドラマである。私は単純なので何回も見ているのだが、毎回涙を流しているのである(笑)。そのドラマのワンシーンで、外国人の生徒がいるのだが、日本語がわからないので授業についていけず、学校側もその生徒に合わせていたら授業が遅れるということでその生徒を見放し、その生徒は学校をずっと休んでいたのだ。そこでその教師がその生徒の家に何度も足を運び、その生徒が学校に来たのだ。そしてその教師がその生徒に教科書を渡すときに、「ぼちぼちな!ぼちぼちやで!!」と笑顔で言うのだ。その教師は関西人である。ドラマでは京都出身になっていた。
標準語のなかで一人関西弁の人がいるとかなり目立つ。悪く言えば耳障りとなる。しかし、「ぼちぼちな!ぼちぼちやで!!」と聞いたとき、なんていい言葉なのだろうと思った。私も大阪人なのでたまに使うことがあるが、だいたいは質問されて答えるときに使う。しかしこの場面はいきなり自分から言うのだ。「焦らなくてもいいから、ちょっとずつやっていこう」、そんな意味になるだろう。誰かが困っているときや悩んでいるときに、そんな言葉を笑って肩を叩きながら言えたらちょっとは気が楽になるんだと思う。肩の荷物も軽く感じられるんだと思う。
ここ東京に住んでいて、ほとんどは当たり前だが標準語である。その中で関西弁が聞こえるとすぐにわかるし、耳障りに聞こえる時がある。というかその方が多いかもしれない。私がそう思うということは中にはそう思っている人もいるに違いない。まあそう言いながら私も大阪弁バリバリでしゃべっているので、自分がしゃべるのは気にならないが、聞こえてくるのには文句を言うというあまりに自分勝手になってしまっているのだが(笑)。しかし、「ぼちぼちな!ぼちぼちやで!!」という言葉は素敵な言葉である。素敵な関西弁を発見という感じだ。あとはあの話のテンポの良さである。次から次へとポンポンポンと言葉が出てくる。そしてくだらないことで笑いまくる。あれもいい。東京にいてもあのテンポの良さはなかなかない。どんなときにも笑う。悲しみも笑いに変える。人生楽しまな損!!やで。
日々の生活の中で、感じたこと、考えたこと、思ったことをテキトーにくだらない感じで書いているブログである。ブログタイトルは映画『キングスマン』の1シーンからパクって今までのタイトルと合わせたものである。 コメントを投稿していただいた方の返答はそのコメントの下に書かせていただいております。返答はコメントのところをご覧下さい。
2014年6月24日火曜日
2014年6月19日木曜日
旅の中で撮った一枚
更新しない間に梅雨となり、もうほぼ夏状態である。いかんいかん。ぼちぼちしてらんねえ。急に言葉が悪くなってしまったが、本日長渕剛の語録集『長渕語・録 ぼちぼちしてらんねえ』が発売となった。今日は休みだったのだが、シフト表を百貨店のロッカーに置いてきてしまい、明日何時シフトインかわからなかったので、シフト表を取りにわざわざ百貨店まで取りに行ったのだ。電話で聞けばいいじゃない、と言われるかもしれないが、まあその本を買いに行くついでということだった。
昨日久しぶりに投稿したが、私を見放さずにいてくださる読者の方々がいて本当に嬉しい限りである。そこで昨日の写真についてコメントをいただいたのでそのことを少し書きたい。
昨日の写真はアメリカニューヨークのセントラルパークで撮った写真である。4月末が前会社の最終出勤日で、5月1日から10日まで有給休暇消化ということで連休だったのだ。その連休を使って3度目のアメリカニューヨークとワシントンDCに行っていたのだ。貯めたお金をすぐに使ってしまうという私の悪い癖である(笑)。1年働いて少し疲れてしまったということで、エネルギーをチャージしにアメリカに行ったというわけである。疲れたといってもこれは嘘だと言われるかもしれない。4月30日に仕事を終え、次の日にはもう飛行機に乗っていたので、遊ぶときは疲れていても誰でも元気になるのかもしれない(笑)。今回は8泊10日だった。不運にもゴールデンウィークと激突してしまい、航空券やホテルの料金がかなり高かった。今回も一人旅だったが、結果的にかなり高くついてしまった。まあ楽しめたので文句はない。
前回のアメリカは以前紹介したことがあったが、タクシーに騙され、現金を失うという非常事態宣言を出してしまったが、今回は空港からマンハッタンまでは死んでもバスで行くということを心に誓っていた。ニューヨークのJFKに着陸態勢になったときから「バス、バス、バス・・・・・」とつぶやいていた。そしてJFKについた。シャトルバスの係員らしき人を見つけ、お金を払う。そこでしばらく待機。バスが来た。「よし!!」とバスに乗っただけで今回の旅の半分は成功したようなものである(笑)。それくらい神経を使っていた。意外と時間がかかったが、だんだんとマンハッタンに近づいていくのがわかる。バスの窓からマンハッタンの高層ビルが見えてきた時、3度目のニューヨークとはいっても気持ちはたかぶった。ワクワクしている自分が最高だった。ペンシルバニアステーション(通称、ペンステーション)で降りる予定だったが、運転手はおそらくだが“ペンステーション”と言っていたが、「ここからペンまではちょっと歩かなあかんやんけ」と思った。景色を見て自分がどこにいるのかわかるレベルになっていたので自分も慣れてきたなと自分に酔ってしまった(笑)。スーツケースをバスのトランクから受け取るとき、運転手にチップとして$1札を渡す。それもポケットからすっとさりげなく。そのさりげなく渡す姿も自分で自分をかっこいいと思ってしまった(笑)。もう私は映画の主人公だった。
前回は昨年3月に行った。就職するとしばらくは行けないだろうなと思っていたが、まさか1年後にチャンスが巡ってくるとは思っていなかった。じっとしていられないのが私である。このチャンスを逃すわけには行かないと思った。そして今回、行ってきたというわけだ。その中で撮った一枚である。
| エンパイアステートビルディング |
昨日の写真はアメリカニューヨークのセントラルパークで撮った写真である。4月末が前会社の最終出勤日で、5月1日から10日まで有給休暇消化ということで連休だったのだ。その連休を使って3度目のアメリカニューヨークとワシントンDCに行っていたのだ。貯めたお金をすぐに使ってしまうという私の悪い癖である(笑)。1年働いて少し疲れてしまったということで、エネルギーをチャージしにアメリカに行ったというわけである。疲れたといってもこれは嘘だと言われるかもしれない。4月30日に仕事を終え、次の日にはもう飛行機に乗っていたので、遊ぶときは疲れていても誰でも元気になるのかもしれない(笑)。今回は8泊10日だった。不運にもゴールデンウィークと激突してしまい、航空券やホテルの料金がかなり高かった。今回も一人旅だったが、結果的にかなり高くついてしまった。まあ楽しめたので文句はない。
前回のアメリカは以前紹介したことがあったが、タクシーに騙され、現金を失うという非常事態宣言を出してしまったが、今回は空港からマンハッタンまでは死んでもバスで行くということを心に誓っていた。ニューヨークのJFKに着陸態勢になったときから「バス、バス、バス・・・・・」とつぶやいていた。そしてJFKについた。シャトルバスの係員らしき人を見つけ、お金を払う。そこでしばらく待機。バスが来た。「よし!!」とバスに乗っただけで今回の旅の半分は成功したようなものである(笑)。それくらい神経を使っていた。意外と時間がかかったが、だんだんとマンハッタンに近づいていくのがわかる。バスの窓からマンハッタンの高層ビルが見えてきた時、3度目のニューヨークとはいっても気持ちはたかぶった。ワクワクしている自分が最高だった。ペンシルバニアステーション(通称、ペンステーション)で降りる予定だったが、運転手はおそらくだが“ペンステーション”と言っていたが、「ここからペンまではちょっと歩かなあかんやんけ」と思った。景色を見て自分がどこにいるのかわかるレベルになっていたので自分も慣れてきたなと自分に酔ってしまった(笑)。スーツケースをバスのトランクから受け取るとき、運転手にチップとして$1札を渡す。それもポケットからすっとさりげなく。そのさりげなく渡す姿も自分で自分をかっこいいと思ってしまった(笑)。もう私は映画の主人公だった。
前回は昨年3月に行った。就職するとしばらくは行けないだろうなと思っていたが、まさか1年後にチャンスが巡ってくるとは思っていなかった。じっとしていられないのが私である。このチャンスを逃すわけには行かないと思った。そして今回、行ってきたというわけだ。その中で撮った一枚である。
2014年6月15日日曜日
新しい職場へ
久しぶりの投稿である。久しぶりすぎる。まあこの投稿できなかった期間、様々なことがあった。
一番大きなことである。以前からこのブログでも書いてきたが、私はある会社で働いていたが、そこを退職したのだ。そして先月の中旬から新しい職場で働いている。ちょうど一ヶ月経ったというところだ。まだまだ慣れていないところが多いし、余計なことに神経を使っているところが多々あるので、慣れるまでがしんどいし、勉強中ということである。
辞めた理由はこのブログにもいくつか紹介してきたが、一言で言ってしまえば、店にいる上司二人が嫌だったからである。嫌というかぶっ飛ばしたいくらいである。3月後半、ちょうど事業部長との面談があった。入社して一年経ったので、その面談である。同期もみんな面談があったらしい。その時はまだやめるとは一言も言ってなかったが、私は次の職場がもうほぼ決まっていたので、ちょうどいい機会なので退職のお願いをしようと思って面談に臨んだ。今まで起こったことをすべて伝えた。サービス残業をさせられること、買取させられること、壊した備品を自腹で弁償させられること、パワハラ、上司の遅刻、などなど。言いたいことを言うと1時間半もしゃべってしまった。もちろんこのブログに全てを書くことはできないのでこのくらいにしておこう。以前にもこのようなことがあったみたいで注意したのだが、全く直っていなかったみたいだ。事業部長も把握していなかったという。私に言わせれば今まで何人もやめているのに、把握できてなかったというのは無責任すぎるのではないかと思うのだがそこは何も言わなかった。買取させられたものや弁償させられたものはレシートが残っていればすべて返金すると言ったが、私としてはサービス残業させられたお金を払ってほしいいと思った。私が働いていた店は、この会社のほんの一部分に過ぎないので、ほかの店舗や部署にも移動できると言っていたが、これだけ文句を言ってここにとどまるというのも私のプライドが許さなかった。事業部長から考え直せと言われたが、考え直す理由もないので、後日改めて退職する意思を伝えたのである。
今やめた会社がどうなっているのかなど、同期や仲のいい先輩から情報が入ってくるがなかなかうまく入ってないみたいだ。先日同期の一人もやめると言っていた。今月で終わりらしい。私の同期で半分はもうやめたことになる。なんというスピード(笑)。これだけやめているというのに上の人らはどう思っているのだろうか。「使い捨て」のやり方であればそれでいいのだが、上はそうしたくないらしい。本当のところは分からないが。
やめたのはやめたが、動機や仲のいい先輩などとはこれからも友達として付き合っていこうと思っているので、時々お店を回ったりして様子を見たりしている。元気でやっていればそれ以上言うことは何もない。
新しい職場は今までやっていた事とほとんど同じである。百貨店の惣菜販売である。販売する商品が変わっただけである。しかし覚えることが多いので勉強しなければならない。やることは同じでもやはり職場環境というのは全然違う。いろんな場所を見るのも勉強である。今回のこの決断はこれでよかったと思っている。自分でも一年でやめるとは思っていなかったが、人生どうなるかわからないものである。
一番大きなことである。以前からこのブログでも書いてきたが、私はある会社で働いていたが、そこを退職したのだ。そして先月の中旬から新しい職場で働いている。ちょうど一ヶ月経ったというところだ。まだまだ慣れていないところが多いし、余計なことに神経を使っているところが多々あるので、慣れるまでがしんどいし、勉強中ということである。
辞めた理由はこのブログにもいくつか紹介してきたが、一言で言ってしまえば、店にいる上司二人が嫌だったからである。嫌というかぶっ飛ばしたいくらいである。3月後半、ちょうど事業部長との面談があった。入社して一年経ったので、その面談である。同期もみんな面談があったらしい。その時はまだやめるとは一言も言ってなかったが、私は次の職場がもうほぼ決まっていたので、ちょうどいい機会なので退職のお願いをしようと思って面談に臨んだ。今まで起こったことをすべて伝えた。サービス残業をさせられること、買取させられること、壊した備品を自腹で弁償させられること、パワハラ、上司の遅刻、などなど。言いたいことを言うと1時間半もしゃべってしまった。もちろんこのブログに全てを書くことはできないのでこのくらいにしておこう。以前にもこのようなことがあったみたいで注意したのだが、全く直っていなかったみたいだ。事業部長も把握していなかったという。私に言わせれば今まで何人もやめているのに、把握できてなかったというのは無責任すぎるのではないかと思うのだがそこは何も言わなかった。買取させられたものや弁償させられたものはレシートが残っていればすべて返金すると言ったが、私としてはサービス残業させられたお金を払ってほしいいと思った。私が働いていた店は、この会社のほんの一部分に過ぎないので、ほかの店舗や部署にも移動できると言っていたが、これだけ文句を言ってここにとどまるというのも私のプライドが許さなかった。事業部長から考え直せと言われたが、考え直す理由もないので、後日改めて退職する意思を伝えたのである。
今やめた会社がどうなっているのかなど、同期や仲のいい先輩から情報が入ってくるがなかなかうまく入ってないみたいだ。先日同期の一人もやめると言っていた。今月で終わりらしい。私の同期で半分はもうやめたことになる。なんというスピード(笑)。これだけやめているというのに上の人らはどう思っているのだろうか。「使い捨て」のやり方であればそれでいいのだが、上はそうしたくないらしい。本当のところは分からないが。
やめたのはやめたが、動機や仲のいい先輩などとはこれからも友達として付き合っていこうと思っているので、時々お店を回ったりして様子を見たりしている。元気でやっていればそれ以上言うことは何もない。
新しい職場は今までやっていた事とほとんど同じである。百貨店の惣菜販売である。販売する商品が変わっただけである。しかし覚えることが多いので勉強しなければならない。やることは同じでもやはり職場環境というのは全然違う。いろんな場所を見るのも勉強である。今回のこの決断はこれでよかったと思っている。自分でも一年でやめるとは思っていなかったが、人生どうなるかわからないものである。
2014年3月15日土曜日
どれも美味しいチョコレート
久しぶりの投稿である。この約1ヶ月でいろいろなことがあったが、少しずつ書いていきたい。
前回の投稿でチョコレートについて書いたが、今回もその続きを書きたい。先日ほんの少しだけ大阪に戻ることがあったのだが、そのときに前回紹介した“マリベル”の京都店に行ってきたのだ。京阪三条駅を降りて、歩いて10分もかからないくらいのところにあった。入口は狭く、その先に一本道がある。その先を行けば店があるのだ。その一本道は“夢の世界”へ行くかのような高揚感があった。
店内はそれほど広くはなかったが、様々なチョコレートが並べてあった。ガナッシュからタブレットまでいろいろだ。試食も自由に食べられるというのが素晴らしい。マリベルの特徴はチョコレートの表面にマリベル氏の思いが込められた絵が書かれているところである。どれも美しく、まさにニューヨークのチョコレートである。やはり値段は高いのだが、いくつか買ってみた。自分で食べるのはもったいないくらい。一言で「うまい」。ニューヨーク・タイムズが絶賛するに値する。店の立地場所、店内の雰囲気、チョコレートの美しさ、美味しさ、全てにおいて最高であった。一緒に行った母も大喜びである。京都で行くところが一つ増えた。今度ニューヨークに行った時はマリベル本店にも行ってみよう。
そしてもう一つ紹介した“イヴァン・ヴァレンティン”である。このチョコレートは全種類で4種類しかない。それほど自信があるということなのか。こちらもやっぱりうまい。繊細で上品な味わいが口の中で広がる。バレンタインの時期でしか手に入らないというのがおしい。希少価値があるということで手に入れ甲斐がある。
どこのチョコレートがいいのか、美味しいのかはやはり人それぞれにある。そのチョコレートに対する思いや思い出がやはり一番大きいだろう。それが一番である。どれも美味しい!!私はこの“マリベル”と“イヴァン・ヴァレンティン”が気に入った。
前回の投稿でチョコレートについて書いたが、今回もその続きを書きたい。先日ほんの少しだけ大阪に戻ることがあったのだが、そのときに前回紹介した“マリベル”の京都店に行ってきたのだ。京阪三条駅を降りて、歩いて10分もかからないくらいのところにあった。入口は狭く、その先に一本道がある。その先を行けば店があるのだ。その一本道は“夢の世界”へ行くかのような高揚感があった。
店内はそれほど広くはなかったが、様々なチョコレートが並べてあった。ガナッシュからタブレットまでいろいろだ。試食も自由に食べられるというのが素晴らしい。マリベルの特徴はチョコレートの表面にマリベル氏の思いが込められた絵が書かれているところである。どれも美しく、まさにニューヨークのチョコレートである。やはり値段は高いのだが、いくつか買ってみた。自分で食べるのはもったいないくらい。一言で「うまい」。ニューヨーク・タイムズが絶賛するに値する。店の立地場所、店内の雰囲気、チョコレートの美しさ、美味しさ、全てにおいて最高であった。一緒に行った母も大喜びである。京都で行くところが一つ増えた。今度ニューヨークに行った時はマリベル本店にも行ってみよう。
そしてもう一つ紹介した“イヴァン・ヴァレンティン”である。このチョコレートは全種類で4種類しかない。それほど自信があるということなのか。こちらもやっぱりうまい。繊細で上品な味わいが口の中で広がる。バレンタインの時期でしか手に入らないというのがおしい。希少価値があるということで手に入れ甲斐がある。
どこのチョコレートがいいのか、美味しいのかはやはり人それぞれにある。そのチョコレートに対する思いや思い出がやはり一番大きいだろう。それが一番である。どれも美味しい!!私はこの“マリベル”と“イヴァン・ヴァレンティン”が気に入った。
2014年2月8日土曜日
世界中のチョコレートが集まる時期
ここ東京でも雪がかなり降っている。何十年ぶりの大雪だとか。昨日私は休日だったのだが、明日(今日)、天候が悪くなるので交通機関がストップする可能性が高いということで、私が働いている百貨店の近くに宿泊するように言われたのだ。面倒だが従うしかない。夜に家を出発してカプセルホテルに泊まった。今日出勤するときは雪は降っていたがそれほどでもなかった。今日は客数が少ないだろうということで昼上がりにしてもらった。外に出たが、まだ雪は降っていて積もり始めていた。明日まで続くらしい。雪が降るといろいろ面倒なことになるので、交通だけはストップしないで欲しいものだ。
今この時期はバレンタインの季節ということでチョコレート屋さんでは大賑わいである。私がいる百貨店でも催事でバレンタインのスペースがあってたくさんの人である。
私はチョコレートが大好きである。バレンタインは女性から男性へ贈るものであるが、最近は自分へのご褒美としてチョコレートを買う女性も増えているそうだ。私が女性だったら間違いなく自分に買いまくっているだろう。なぜなら世界中のチョコレートが一気にこの時期に集まるのだから。バレンタイン限定のチョコレートもあるのだから人に上げるなんてもったいない(笑)。
今年私が目をつけたチョコレートを紹介したい。まずは“幻のチョコレート”と言われいている「イヴァン・ヴァレンティン」だ。このチョコレートはマイケル・ジャクソンやマドンナ、トム・ハンクスをはじめとするハリウッドスターや5つ星ホテルの顧客を中心としている。店舗は存在していない。なので一般では手に入れることができないのである。
そして2つ目は、“マリベル”である。あのNYタイムズが「世界で最もおいしいチョコレート」と絶賛するチョコレートである。常連客はヒラリー・クリントン、メグ・ライアン、そして生前のスティーブ・ジョブズである。このチョコレート屋さんはニューヨークのソーホーに本店があり、そして2店舗目がなんと京都にあるのだ。最近渋谷にもあるみたいだが、今度大阪に帰った時に、マリベルのチョコレートを求めに京都に行ってみようと思う。2月末に大阪に帰れたら帰ろうと思っているのでその時にでも行こう。
私が母に頼んで、さっきの“イヴァン・ヴァレンティン”は手に入れているということで、後は“マリベル”を手に入れるだけである。私が今まで食べたチョコレートの中で一番おいしかったのは、“ジャンポール・エヴァン”である。チョコレートの先駆者である。そして今回、“幻のチョコレート”、“世界で一番美味しいチョコレート”を食べることになるのだ。かなり楽しみである。チョコレートの話になって、「やっぱりゴディバが一番」というのは面白くない。そこで「いや、イヴァン・ヴァレンティンでしょ」、「マリベルも最高やで」と言う自分が最高にかっこいい。というかそういう自分に酔いたいだけである(笑)。それにしてもこれらのチョコレート、めっちゃ高い。
今この時期はバレンタインの季節ということでチョコレート屋さんでは大賑わいである。私がいる百貨店でも催事でバレンタインのスペースがあってたくさんの人である。
私はチョコレートが大好きである。バレンタインは女性から男性へ贈るものであるが、最近は自分へのご褒美としてチョコレートを買う女性も増えているそうだ。私が女性だったら間違いなく自分に買いまくっているだろう。なぜなら世界中のチョコレートが一気にこの時期に集まるのだから。バレンタイン限定のチョコレートもあるのだから人に上げるなんてもったいない(笑)。
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| イヴァン・ヴァレンティン |
そして2つ目は、“マリベル”である。あのNYタイムズが「世界で最もおいしいチョコレート」と絶賛するチョコレートである。常連客はヒラリー・クリントン、メグ・ライアン、そして生前のスティーブ・ジョブズである。このチョコレート屋さんはニューヨークのソーホーに本店があり、そして2店舗目がなんと京都にあるのだ。最近渋谷にもあるみたいだが、今度大阪に帰った時に、マリベルのチョコレートを求めに京都に行ってみようと思う。2月末に大阪に帰れたら帰ろうと思っているのでその時にでも行こう。
私が母に頼んで、さっきの“イヴァン・ヴァレンティン”は手に入れているということで、後は“マリベル”を手に入れるだけである。私が今まで食べたチョコレートの中で一番おいしかったのは、“ジャンポール・エヴァン”である。チョコレートの先駆者である。そして今回、“幻のチョコレート”、“世界で一番美味しいチョコレート”を食べることになるのだ。かなり楽しみである。チョコレートの話になって、「やっぱりゴディバが一番」というのは面白くない。そこで「いや、イヴァン・ヴァレンティンでしょ」、「マリベルも最高やで」と言う自分が最高にかっこいい。というかそういう自分に酔いたいだけである(笑)。それにしてもこれらのチョコレート、めっちゃ高い。
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| マリベル |
2014年2月2日日曜日
NYではイエローキャブを
先日、私が働いているお店にある外国人(黒人)がやってきて少し接客したのだ。いくつかの商品を買っていただき、日本に来て7年になるという。カナダから来たとおっしゃっていた。今年のニューヨークは非常事態宣言が出るほどの寒波が押し寄せていたのを知っていたので、カナダも寒いのかどうか聞いてみると、カナダもどうやらかなり寒いらしい。大変だな。
その話を聞いて、去年の3月にニューヨークとワシントンDCに行ったことを思い出した。ニューヨークのJFK空港についた時も吹雪であった。JFKは初めてだったので、そこらへんをウロウロしていた。バスでマンハッタンに向かう予定だったので、バスを探していたのだが、英語がほとんどわからない私なので、やっぱり迷っていた(笑)。そこに話しかけてくれた人がいるのだが、どうやら公共の交通は吹雪によりストップしているという。これは本当だったのかどうかはわからないが。その人はタクシーのドライバーらしく、マンハッタンまで連れて行ってあげると言っているようだ。会話の中に“・・・$5・・・”と聞こえたので、マンハッタンまで$5とは格安ではないかとついつい喜んでしまい、そのドライバーについていくことしたのだ。今思えばそんな安くマンハッタンまで行けるわけがない(笑)。車内で詳しい話を聞いていると、1分$5なのだ。マンハッタンまでだいたい50分くらいで、その間に橋、トンネルの通行料も私が払わなければならないので、結局4万円近く取られてしまった。出国する前に$300用意していたが、後日もう$100追加して新札$400が一気になくなってしまったのだ。ニューヨークに着いて1時間もしないうちに私は現金をほとんど失ってしまったのだ。3年前に初めてニューヨークに行った時のお金を今回持ってきていたので、その残りを使うことに。アメリカはカード大国なのでなんとかなるだろうと思っていた。
お土産を買うのにもカードを使って買い物をしていたが、母から頼まれていた生地屋さんのお店で私のVISAカードが使えなかったのだ。私は2枚カードを持っていたので、違うカードアメックスで試してみたがこれも使えない。口座が違うので使えないわけがないと思ったが、使えないという事実は事実。その店をあとにした。その時は店の機械が悪かったんだろうとお思い、スーパーで水を買ってみたが、使えるではないか。やっぱり機械が悪かったんだと思い、安心していたが少し買い物をするとやっぱり使えないのだ。現金もない、カードも使えない。私は途方にくれてしまった。とりあえず日本総領事館に行こうと思い、偶然にも私が泊まっていたホテルから歩いて10分クラインところにあったので行ってみた。その日は土曜日で、土日は休みだという。これはピンチだ。今日と明日を今持っている少ない現金で過ごすことになる。日本から少しお菓子を持って行っていたし、ホットドックは$1で買えるし、そして今回もコーラでお腹をごまかしていた。この二日で食べたのがホットドック3個とクッキー数枚。
やっと月曜日になり、朝一で総領事館に向かった。予想以上に日本人が多く来ていて、数分待つことに。テレビがついていたが、NHKの連続テレビ小説が流れていた。私の番が来て、ある部屋に案内され、事情を説明すると、とりあえずカードの状況を調べようということになり、カード会社に電話してみた。どうやら私のVISAカードは上限額オーバーで使えなかったのだ。残り400円くらいだった。だから安い買い物は出できて、高い買い物ができなかったのである。そしてアメックスの方はおそらく磁気不良という結界になった。アメックスはここに来て初めて使ったのに、いきない磁気不良かよと思った。スタッフの方が優しい方でいろいろ相談に乗っていただき、やっぱり現金がないのはなにかあったときに大変だという。もちろんそれは私にもわかっていた。海外の現地のATMで現金を下ろせるように手続きをしていなかったので、ATMでも現金は下ろせなかった。これもここに来て初めてわかったこと。ここニューヨークでは今朝だが、日本は夜中になるが、一応家族に連絡しておいたほうがいいとおっしゃっていた。電話もいくらでも使っていいよともおっしゃってくれた。詳しい内容は忘れたが、書類を書いてその番号があるのでそれを日本の家族に伝えて、日本のとある場所でその番号と現金持って行って機会に入れれば、こっちですぐにでも現金が入るシステムがあるのだ。現金がないのは私も不安だった。とりあえずカードを復活させるために上限額を10万円引き上げてもらうと思ったが、日本は夜中なので夜になるまで待たなければならなかった。これも審査が入るのだが、もし上限額を上げてもらうことができなかったら日本に電話しようと思った。そのスタッフの方には申し訳ないが電話しないことにした。しかし、その時にももうわかっていたことなのだが、これは間違った選択だった。なにか起こってからでは遅いのだ。現金があれば解決できることもある。いくらカード大国とはいえ、現金がないのはやっぱり厳しい。家族に迷惑をかけたくないという気持ちがあったが、これは過ちだった。
結局カードの審査も通り、VISAが復活したのだ。これでとりあえず一安心した。ミュージカルのチケットやホテルのお金は日本で手続きしていたので、こっちで困ることはなかったので、遊ぶには不自由しなかった。まあ一つ、トップオブザロックに行くことができず、ニューヨークの摩天楼を上から見ることができなかった。これはまた今度行ったときの楽しみにおいておこう。
ニューヨークではイエローキャブに乗ろう(笑)。私が乗ったのはリムジンタクシー。白タク行為にあいたくなかったらイエローキャブとわかっていたのに、公共交通がストップしているという状況と誘惑に負けてしまったのだ。不安が正常な思考を奪い去ったのだ。いやー、恐ろしい(笑)。日本に帰ってこのことを母に言うと、「あんたにしてはめずらしいな(笑)」と笑われてしまった。まあ、これもいい思い出である。
美しい生き方
気がつけば2月になってしまった。1月は休みが6日しかなかった。シフトが出た時点では5日しかなかったが、いろいろ変更があり結局6日になった。12月、1月と忙しい月が続いて、2月はまだどうなるかわからないが少しでもゆっくりできる時間が取れればと思う。
最近人付き合いについて考えることがよくある。仕事を通じてもそうだが、先日友人とそういう話をすることもあったし、ふと自分の性格や人間性、そして周りとの付き合い方を考えていた。もちろん十人十色でいろんな人がいるし、いろんな人付き合いがあるし、仲のいい友人や家族の間でもやっぱり全然違う。
私は白黒はっきりさせる傾向がある。そして私は顔が狭いと思う。顔が広い人は様々な人とのコミュニケーションをそつなく行い、縁が切れないようにしている。私はそういうのが苦手でついつい面倒と思ってしまうのだ。私の兄は私と違っていろんな友人とどこかへ行ったり、イベントに参加したりしている。どうも私にはそれができない。飲み会は特に苦手である。まったくついていけない。というかついていく気もないのだが。
自分の“美学”を持って生きているつもりである。この“美学”は別の言葉で“プライド”というかもしれない。私にとって無理をしてでもいろんな人とコミュニケーションをとったり、イベントに参加したり、気の進まないことでも時間を作って何かをするのは、私のその“美学”に反するのだ。自分にとってそれが価値のあるものなのか、それは相手ありきの場合が多いのだが、この世に無駄なことはないがやっぱいそこを考えてしまう。
“美しい生き方”とは何だ。それは己の“美学”、“プライド”を貫き通すことである。堂々と胸を張って話ができることだ。面と向かってお酒に逃げずに話ができることだ。不安や迷いにかられている人は、ついついうまい話があればそれにすがりつきたくなる。自分ではどうすることもできないと思ってるから。ここにいれば安心だと、この人のところにいれば何とかしてくれると、自分の不安や迷いを紛らわせているだけでなんの進歩にもなっていないことはよくある。他力本願でしか叶えられないような夢や目標は、もし仮にそれが叶ったとしてもそれは私にとっては美しくないのである。もちろん周りの助けが必要になるが、最初からそれにすがりつくのはよろしくない。自分の魂を売ってまでもそんなことはやりたくない。
人付き合いに関しても今まで通りでいいと思う。変えろと言われても今更直るわけがない。これが私の人付き合いである。どれがいいとか悪いとか間違っているとかそんなものは最初からない。全て正解である。そして私は私の“美学”、“プライド“を持っていきていくだけ。自分は自分でつくる。おしきせはごめんだ。
最近人付き合いについて考えることがよくある。仕事を通じてもそうだが、先日友人とそういう話をすることもあったし、ふと自分の性格や人間性、そして周りとの付き合い方を考えていた。もちろん十人十色でいろんな人がいるし、いろんな人付き合いがあるし、仲のいい友人や家族の間でもやっぱり全然違う。
私は白黒はっきりさせる傾向がある。そして私は顔が狭いと思う。顔が広い人は様々な人とのコミュニケーションをそつなく行い、縁が切れないようにしている。私はそういうのが苦手でついつい面倒と思ってしまうのだ。私の兄は私と違っていろんな友人とどこかへ行ったり、イベントに参加したりしている。どうも私にはそれができない。飲み会は特に苦手である。まったくついていけない。というかついていく気もないのだが。
自分の“美学”を持って生きているつもりである。この“美学”は別の言葉で“プライド”というかもしれない。私にとって無理をしてでもいろんな人とコミュニケーションをとったり、イベントに参加したり、気の進まないことでも時間を作って何かをするのは、私のその“美学”に反するのだ。自分にとってそれが価値のあるものなのか、それは相手ありきの場合が多いのだが、この世に無駄なことはないがやっぱいそこを考えてしまう。
“美しい生き方”とは何だ。それは己の“美学”、“プライド”を貫き通すことである。堂々と胸を張って話ができることだ。面と向かってお酒に逃げずに話ができることだ。不安や迷いにかられている人は、ついついうまい話があればそれにすがりつきたくなる。自分ではどうすることもできないと思ってるから。ここにいれば安心だと、この人のところにいれば何とかしてくれると、自分の不安や迷いを紛らわせているだけでなんの進歩にもなっていないことはよくある。他力本願でしか叶えられないような夢や目標は、もし仮にそれが叶ったとしてもそれは私にとっては美しくないのである。もちろん周りの助けが必要になるが、最初からそれにすがりつくのはよろしくない。自分の魂を売ってまでもそんなことはやりたくない。
人付き合いに関しても今まで通りでいいと思う。変えろと言われても今更直るわけがない。これが私の人付き合いである。どれがいいとか悪いとか間違っているとかそんなものは最初からない。全て正解である。そして私は私の“美学”、“プライド“を持っていきていくだけ。自分は自分でつくる。おしきせはごめんだ。
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