2016年11月26日土曜日

奮い立たせてくれるもの

 一昨日東京では雪が降り、そして積雪もあり、11月での積雪は観測史上初めてのことらしい。積雪といっても全然たいしたことはないのだが、ちょっとうっすら積もったくらいである。雪の降る前日はまだ暖かいくらいであったが、その雪の日は急に寒くなり、もう一気に冬になってしまった感じである。といっても来週には12月になるのでいつ本格的な冬になってもおかしくないのだが。
 前回の投稿でスーパーで流れていた洋楽を探していたのだが、苦労した挙句見つかることができた。百数曲目で見つけたのである(笑)。べリンダ・カーライルの“Heaven on Earth”という曲であった。探している途中にもいろんな曲が聴くことができて新しい発見がたくさんあったのである。たまには当てもなく適当にいろんな曲を聞いてみるのもいいかもしれない。


最近もずっと映画を観ているのだがいい意味でも悪い意味でも印象に残る、残りやすい映画というのは私が思うに“過激”な表現があればあるほど残りやすいということがある。その“過激”というのは暴力表現であったり、残酷表現、エロなどいろんな意味を含んでいる。子供では観ることができない、つまりそれはR指定である。私のヒーローの一人であるシルヴェスタ・スタローンの主演映画の一つで“エクスペンダブルズ”シリーズがあるのだが、1作目と2作目ずっとR指定できていたのだが、3作目でスタローンがより若く幅広い世代に観てほしい気持ちがあり、目標はPG-13だったが、協会へ提出した際にR指定評価され、目標のPG-13を受けるために修正しなければならなくなった。スタローンはPG-13にするための過程を後悔しており、もし次回作を作るときは前2作と同様にR指定でいくと答えている。つまりスタローンもかなりこの表現にこだわりを持っている。2008年の『ランボー/最後の戦場』では過去のランボーシリーズよりも更に過激な表現があり、かなりエグイ内容となっている。銃撃戦では肉片が飛び散り、体がちぎれ、内臓が出て、血が吹き出る。しかし、この表現は大げさにやっているのではなく、実際に起こっていること、起こり得ることとして描いている。今までのランボーシリーズとは違って、ランボーのヒーロー像をできるだけ出さないようにした作品である。世間では酷評されているが私はすばらしい作品だと思っている。こういった表現は戦争映画のスピルバーグ監督の『プライベートライアン』が大きく変えたのである。実際に戦争に行っていた人の話をもとに、そしてその中でも一番エグイ内容を集めて作られた作品である。なのであれは大げさな表現ではなく実際にあった、実際に行われていた内容なのである。
 上記で述べたR指定映画は観る人を選んでしまう。そういった“過激”な表現が苦手な人も大勢いる。私は好んで観るタイプなのだが。“正しい”、“美しい”、“清潔”、“きれい”、そういったものを希求するのはもちろんすばらしいことである。それは歓迎すべき精神の変化をもたらすのかもしれない。しかし私はそういったもの、価値をあまり認めていない。むしろ嫌っているかもしれない。自分自身を“正しい”、“美しい”、“清潔”、“きれい”といった清廉潔白であることを信じている人は、“愚かさ”、“不潔”、“残酷”、“恐怖”といったものを否定していることになる。ありがたいことに映画の世界ではこういった“愚かさ”、“不潔”、“残酷”、“恐怖”といったものを自ら公言し、笑いながら私たち観客にショッキングな映像を叩きつけてくる。私はそういった性格の悪い映画にどれほど救われたことか。度を越した暴力表現、残酷表現、性格の悪い皮肉な視点、圧倒的な力に無謀にも立ち向かっていく頭の狂った主人公たち。こういったものが私を勇気づけ、奮い立たせてくれる。今までにも何度も救われてきた。結局は無理だった、意味がなかった、未来を変えることはできなかった、現実なんて変わりはしない、それでも主人公たちは戦う。そういったものに私はより感動を覚える。ただのハッピーエンドでは物足りないんだな。もちろんおもしろい作品は山ほどあるのだが。映画は普段では観ることのできない、経験することのできないものを私たちに観せてくれる唯一の機会である。実際の生活の中で、もし私自身が何かで悩み、苦しみ、病んでいる。しかし、映画の中では私よりもはるかに過酷な現状で数億倍苦しんでいる。それでも主人公たちは立ち向かっていく。それを観れば今私が悩んでいることなんて石ころレベルである。そんな風に観ることができたら今実際に苦しみ悩んでいれば、少し楽になるのではないだろうか。現実と映画とは全然違うんだよ、という人はそれでいいと思うし、私は説得も何もしない。だが私はそうは思えない。現実の生活をより豊かにしてくれ、悩み、苦しみ、ストレスを軽減させてくれる。それが映画の良さの一つではないかと思っている。そもそもエンターテイメントってそういうものではないか。その一つが映画、ただそれだけの話である。

3 件のコメント:

  1. お疲れ様です。

    先日、『エクスペンダブルズ』を見ました。
    「度を越した暴力表現、残酷表現、性格の悪い皮肉な視点、圧倒的な力に無謀にも立ち向かっていく頭の狂った主人公たち。こういったものが私を勇気づけ、奮い立たせてくれる。…ただのハッピーエンドでは物足りないんだな。」とのことでした。

    Keyとなっていたと思うシーンを抜粋してみます。

    「でもいつか、島は元に戻る」
    「信じてるのか」
    「えぇ。いつか私たちだけの暮らしを取り返す時がくる」

    「怖くないのか」
    「怖いわよ。でも島を救えるって言われて…。」
    「君には無理だ。いいか、俺なら島を出る。そうしろよ」
    「…あなたこそ。」

    「島に女がいて。その娘は案内役だったが、ターゲットの娘だった。一緒に逃げられたのに、残るって。頭から離れないんだ」
    「あぁ、彼女は戦っているんだろ。昔の俺たちみたく、何かにな。」

    「殺し合いの中で、たった一つ救えた命を俺は見捨てた。後になって気づいたよ。彼女を救っていたらこの俺は魂を失わずに済んだんじゃないかって」

    「私も君も、金につられて動く同じ穴のムジナじゃないか。魂を失ったな。それでも私を追い回すのか」
    「おまえを追ってきたんじゃない。彼女のほうだ」

    バーニー達もモンロー達もやっていることは結局殺人や破壊であって、現実社会ではありえないことばかりですが、でも決してバーニー達は金だけで動く単なる殺人傭兵軍団ではありません。ツールの言葉で言えば、サンドラの存在に象徴されている“信じる心とか何か人間の一部”を、“乾く”ことなく揺るぎないプライドとして胸の中に持っていることが、バーニー達を単なる殺人集団ではなくとんでもなく魅力的なヤツらにしているんだなと思いました。
    マッドマックスの世界やヴィレーナ島で描かれている状況に比べれば、私たちの日常なんて命を失う心配のないぬるま湯にどっぷり浸かりきったものですが、そんな社会の中でも私たちは日々、小さいことでくよくよ悩んだり苦しんだり心配したりを繰り返しています。
    現状に甘んじて何も考えたり自ら行動したりしなければ、それはただ生活しているだけにすぎず、そこに夢や向上心が入り込む余地はありません。まさに日常を、人生を、“消耗品”としてしまっています。
    “乾くことのない人間としての大切な何か“を、現実の社会にあっても持つことができるか。
    多くの人が、それを持ちたいと心の片隅では思っているのでしょう。しかし、これを得るためには相当の努力や覚悟が必要になりますし、言い訳にできるような現実的な問題もあちこちに転がっているから、簡単に逃げることもできます。私も含め多くの人にとって、バーニー達のように生きることは難しいことです。
    この映画でスタローンは、自分の人生を“消耗”させることなく輝くものにできるかどうかは自分自身にかかっているよ、というメッセージを世界に送りたかったのかもしれないと思いました。間違っても自分を消耗品にするなと、皮肉たっぷりな表現で、彼の超一流のユーモアを込めて。


    そうそう、ユーモアと言えば、スタローンとアーノルド・シュワルツネッガーが、チャーチと仕事の話を始めるシーン。
    「なぁ、こんどメシでも」
    「あぁ。いつ?」
    「1000年後だ。」
    「すぐだな」
    この発想は、日本人同士の日本語の会話ではまずお目にかかれませんね。非常に興味深いし、こういう会話をサラっとしてしまう二人。カッコいいです。

    アーノルド・シュワルツネッガーには玄田哲章さん、スタローンにはささきいさおさん、ジェイソン・ステイサムには山路和弘さん。この組み合わせはだれが何と言おうと鉄板です。実際は他人なのに声だけ聴くとこんなにしっくりくるなんて、不思議なものです。

    さすが、スタローン。いい映画でした。

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  2. お疲れ様です。

    『エクスペンダブルズ 2』をようやく終えました。
    今までの反省を生かし、シリーズものはきちんと順番通りに見ています(笑)

    有名なハリウッドスターが勢揃いしているこのシリーズでも、ジェイソン・ステイサムはカッコいいですね。
    『エクスペンダブルズ1』で、長期間何の連絡もせずに恋人をほったらかしていたのに、未練タラタラでもう一度恋人を訪ねるシーン。恋人が浮気してしまった原因を作ったのはまぎれもなく自分であることを、認めたくはないものの自覚しているからでしょうね。
    恋人に暴力を振るって顔にアザをつけたことで、浮気相手とその取り巻きをボコボコにして二度と近づくなと警告するわけですが、これをみて以前、ベストセラーになった「話を聞かない男・地図が読めない女」という本を思い出していました。
    要は考え方の傾向の違いなのです。お互い、決して意地悪をしているわけじゃないんですよね。
    クリスマスにも恋人の女性のほうにもそれぞれの言い分があり、一理あるのです。
    クリスマスの言い分とすれば、たしかに連絡はしてなかったかもしれないが、忘れたわけじゃない。その証拠にきれいな宝石をおまえに買ってきた。だから、「オレを信じて待っていればよかったんだ」という発言につながります。
    一方でさんざん待たされた恋人のほうは、そう簡単にはいきません。
    その理由はただ一つ。“女性”ですから(笑)
    仕事のことすらきちんと教えてくれないのに、ほったらかされてどうして信じていられるの?電話の一本ぐらいかけて、あなたを信じて待っていられるようにしてくれたってよかったじゃない、と。
    クリスマスは、ナイフを扱う技術には半端なく長けているのに、こっち方面のことについてはもう全然ダメと言わざるを得ません(笑)
    血煙の五ェ門のコメントでも書きましたが、不二子の「あきれた。男ってどーしてそうバカなのかしら。つきあいきれないわ」というセリフ。ますます不二子に同感です。
    SAMURAIさんはどう思われますか?(笑)

    『エクスペンダブルズ2』でのクリスマス。
    バーニーが苦笑いするほど、マメに連絡をとって歯が浮くようなセリフを連発してましたね。
    あれはいくらなんでもやりすぎです(笑)

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    1. Abbyさん、コメントありがとうございます。
      すみません、10月13日にコメントをいただいておりましたが、私の確認不足で見落としておりました。
      申し訳ありません。
      「確認しております」と言っておきながら確認できておりませんでした。
      本当に申し訳ありません。

      スタローンはバイオレンス描写にこだわりを持って映画作りをしていますね。
      『エクスペンダブルズ』、『エクスペンダブルズ2』はバイオレンス描写が過激なところがあります。
      もし、そういうのが苦手でないのであれば『ランボー/最後の戦場』はぜひ観ていただきたい作品の一つです。
      世界で報告されておらず最も残酷な場所はどこか、をスタローンは国連などに聞いて、それがミャンマーというのを知って、舞台がミャンマーになったんですね。
      なので映像で流れているものは実際に行われていることなんです。
      子供だろうが女だろうが関係ありません。
      目をそむけたくなるショッキングなシーンがたくさんあります。
      それでもスタローンは伝えたいメッセージがあるんですね。
      バイオレンス描写にこだわりを持っているスタローンですが、この『ランボー/最後の戦場』は“一線を越えた”作品になっております。
      すみません、話が脱線してしまいました。
      スタローンの映画はすごく単純なところがあります。
      それは“悪は絶対に許さない”ということですね。
      13日のAbbyさんの“消耗品”のコメントですが、なるほど!!と思いました。
      確かに私たちは毎日をただ消耗しているだけで、気が付けば人生を消耗しているのかもしれませんね。
      確かにスタローンが伝えたいメッセージにその意味が含まれていてもおかしくありませんね。
      『エクスペンダブルズ3』で敵役のメル・ギブソンに「お前たちは“消耗品軍団”じゃなくて“廃棄物軍団”だよ!」と言われていましたね(笑)。
      映画中にバーニーたちはいろいろ悩んだり、考えたりしていますが、最後にはやっぱりやってくれるんですね(笑)。
      観ているこちら側はとてもスッキリして気分がいいです。
      “消耗品”だからこそ捨て身になって、命をかけて戦えるのかもしれませんね。
      めちゃくちゃカッコいいおっさんたちです。
      スタローン、シュワちゃん、そしてウィリスのこの3人のオーラはすさまじいですね。やっぱり(笑)。
      “時代”を創ってきた3人ですから。
      この3人がそろうのは映画史に残る“大事件”ですね。
      他にもたくさんスターが出ていますが、この3人に比べたらやはり桁が違い過ぎますね。
      この3人はもうすごいとしか言いようがありません。

      クリスマス役のジェイソン・ステイサムもめちゃくちゃカッコいいですよね。
      彼は無双ですから最強です(笑)。
      ステイサムはこの映画シリーズだけでなく、他の映画でも無双っぷりを発揮しています。
      さすがですね(笑)。
      戦闘では無敵ですが、女性関係は苦手なのかもしれませんね(笑)。
      男って面倒臭い、女って面倒臭いってよく言いますが、結局はどっちも面倒臭いんですね(笑)。
      それぞれの意見があるので、それがかみ合わないのは当然なんですけどね。
      ただ自分は正論だとみんな意地があって、プライドがあって、それが余計に話を難しくしているのかもしれません。
      不二子が言っていることは否定できませんね(笑)。
      男はちょーバカですからね(笑)。
      言い返す余地はこれっぽちもありませんね。
      不二子ちゃんに言われたら仕方ないです(笑)。

      バーニーの右腕的な存在のクリスマスですが、彼らは悪口を言い合っていますが、それがお互いの褒め合いであったり、感謝の伝え方だったりしていて、本当にカッコいいなーと思います。
      本当に仲のいい人同士でこういうやり取りができるのが私の理想でもありますね。
      周りから見ればそういう風にはとらえてもらえないかもしれませんが、お互いに信頼関係があればそういうやり取りが成立するんですね。
      それはお互いがわかっていればいいだけの話ですね。
      周りは関係ないですね。
      その仲の良いやり取りが観ていて気分がほっこりしますね。
      イヤな気分や落ち込んだときに観れば元気になるシリーズです。

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