2016年11月4日金曜日

メガネの良さ

 
本日の東京はすごく天気のいい日であった。影を歩けば少し肌寒く、太陽の下だと少し暑いくらいであった。まだ過ごしやすい時期である。これがあっという間に冬になってしまうのだな。私はどちらかというと寒いよりも暑い方が好きである。寒いと縮こまってストレスがたまるからである。まあどうでもいいのだが(笑)。
 先日メガネを拭いているときにメガネが折れてしまうという事件というか事故が起こってしまい、そのメガネは大切なもののひとつなので修理に出していたのである。そのメガネの修理ができたということで電話がかかってきていたので、今日はちょうど天気もいいということでメガネを取りに行ってきた。予想以上に修理のクオリティが高く、折れたところがほとんど分からない状態になっていた。修理代は1万円と少し高かったのだが、大切なものなので、できればずっと使っていたいものである。私が行っているメガネのお店は東京では2店舗、大阪でも2店舗ある。私のメガネの価値観をぶっ壊してくれたのが私が通っていた高校の近くにあり、私が気に入ったメガネブランドの本店が梅田のスカイビルの近くにあった。当時高校生の時にお世話になっていて、数年前に東京にも店舗を出店するということで、大阪にいらっしゃった店員さんが東京に来ていて、改めて東京でお世話になっているということである。意外にもつながっているんだな。
 メガネをかけ出したころは、メガネが大嫌いでできればかけたくないものであった。しかし、メガネなしでは生活に支障をきたしてしまうほど悪くなってしまい、嫌々かけていたのである。そんなとき、調度メガネの替えどきということでメガネを探そうとしたとき、そういえば高校の近くにメガネ屋さんがあったなということでお邪魔させていただいたのだ。私の人生の転換期の一つである。メガネはただ単に視力の補助をするための道具ではなく、表情を豊かにさせてくれる道具の一つであるということを教えてくれたのだ。メガネは服とは違って顔の一部である。話をしていて相手に与える印象が大きく違ってくるのだ。そういう考え方があるのだと私は知ったのである。メガネの値段はやはり高い。これで良いや、と気軽に買える値段ではない。でも、その値段そのものの美しさ、楽しさ、個性、価値がある。授業中にだけかける、仕事中にだけかける、というのではメガネもかわいそうである。「私メガネ似合わないだよね」という人が結構いるが、それはただ単に自分に似合うメガネに出会っていないだけだ。私はおそらく通算してメガネ、サングラスを試しにかけた数は1000型を超えていると思う。そのお店に置いてあるメガネすべて試しがけさせていただくくらいの勢いである。置いてあるものは芸術そのもの。自分に合うものは必ずあるのだ。
 私のファッションの入口はメガネだったのである。大学1年生以来、メガネは買っておらず、少しメガネから遠のいてしまっていたが、夏にまたメガネを新調し、サングラスなども新調して、改めてメガネっていいなーと再確認していたのである。その日の気分によって今日はこのメガネ、このサングラス、コンタクトで、といろんな“顔”を持つことができる。そういう楽しみ方もできる。自分の人生を豊かにさせてくれる道具なのだ。

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