2014年7月25日金曜日

破れた金色の紙

 今日はものすごく暑い日であった。私は昨日今年初めてセミの鳴き声を聞いたのだ。梅雨も明けて、ついに本格的な夏がやってきた。今日は少し買い物があったので、朝少し早く起きて出かけたのだが、少し歩くだけですぐに汗が出てきた。いつもの散歩コースも全て歩かずに、渋谷から赤坂までは歩いたが、赤坂から有楽町までは地下鉄に乗ってしまった。荷物もあったので仕方ないところもあったが。適度の水分補給も心がけたのである。とにかく暑い一日であった。


 私の部屋の壁には様々なポスターやチラシが貼られている。長渕剛やニューヨーク、映画などなど。その中の一つに少しぐちゃぐちゃになった金色っぽい紙も一緒に貼られている。他人が見れば確実に捨てるだろう、そんな紙である。
先日ニューヨークに行ってきたが、そこで前会社でお世話になった先輩にお土産としてジッポライターを買って帰ったのだ。行く前にジッポライターが欲しいという希望を聞いたので、その先輩にはジッポと決めていたのだ。高いものは私も手を出せないし、お土産レベルなので定番の“ZIPPO”である。いかにもお土産ショップみたいなところでたくさん売っていた。しかし、私はどうもこれらのお土産ショップでは買いたくなかったのである。観光客がかなりの確率で立ち寄りそうなところは行きたくなかった。“みんなと同じはいイヤ”という私の変なプライドがここでも出てしまったのである。他の人のお土産は適当に歩いて見て決めることができたが、なかなかジッポが見つからない。そして偶然グランドセントラルターミナルの前を歩いていると、とある店のショーウィンド越しに帽子や杖なんかが見えた。「ほー」とぼんやり眺めていると、あるではないか!ジッポが!!よく店内を見てみるとパイプや葉巻がズラーっと並んでいる。ここはタバコ専門店だったのだ。専門店がいいと思い、ここで買おうと即決したのだ。しかし、なかなか入りづらいお店。外から見ていると店から黒人の店員さんが出てきて、「中入っていいよ」と笑顔で言ってくれたので、その流れに任せて中へ。入った瞬間、タバコか葉巻かパイプかわからないが煙と匂いがものすごかった。ヤバイ店に入ったかも、と思ったが、早くそのジッポを買うことにした。私が欲しいジッポを指差して、ケースから取り出してくれた。プレゼント用にしてくださいとお願いすると「OK!」と快く返事してくれた。そのジッポを包もうと金色の紙を取り出してきたが、包み方が恐ろしいほどに適当なのである(笑)。紙がジッポのケースの大きさに合わないので普通ならばカッターやハサミで切ると思うが、手で破っていた(笑)。それを見ながら私は、「ええ国やなー」となんだかうっとりした気持ちになった。オイルはいるか聞かれ、いると答えたが、「飛行機に乗るんだったらやめといた方がいいぜ」と言ってくれた。終始笑顔で対応してた。そのジッポを受け取り、ドアを出るときに私は振り返ったのだが、その黒人の店員さんは私にサムズアップをしてくれたのである。カッコよすぎるではないか。最高の気分だった。
 ニューヨークに来るまで喉の調子が悪く、治りかけだったのだが、このお店に来てタバコの煙にやられてしまったのかまた喉がおかしくなってしまったのである。まあ、いいか。
 そしてそのジッポを先輩に渡し、先輩にお願いしてその金色の紙だけは私に返して頂いたのだ。その紙はただの破れた紙だが、私にとっては思い出の紙である。海外に行くと、いろんなものを見る。美しい景色、壮大な美術館、博物館、ミュージカルなどのエンターテイメント。どれも心に残るものばかりである。しかし、一番心に残るものはそこで出会った“ひと”である。道を教えてくれたひと。地下鉄の切符を一緒に買ってくれたひと。お店のひととのたわいもない会話。もう二度と会うことはないと思うが、そういう“名も無き友人”を持つことは私はすごく大切なことだと思う。そういう“名も無き友人”がいる国とは絶対に戦争をしようとは思わない。偉そうなことは言えないが、地球市民として生きていきたい私はそう思うのである。

2014年7月22日火曜日

先輩、後輩とご飯へ

先日、前会社(前お店)で働いていた先輩と後輩とでご飯を食べに行ったのである。この先輩にはかなりお世話になり、私が辞めるときに、その先輩が以前働いていたという高級バーに連れて行ってもらったりと面倒をよく見てもらっていたのである。後輩は今年の4月中旬に店舗に配属され、私は4月いっぱいで退職したので、私と関わったのはほんの1週間半である。しかし、私は何度かこの後輩をご飯に連れて行ったりしていまだに交流がある。
 先輩は今日で退職するみたいである。理由は私が辞めた理由と同じものも含まれているが、やはり居心地が悪かったみたいである。そしてこの後輩も居心地が悪いみたいで、いろいろと悩んでいるみたいだ。少しずつ転職活動も行っているみたいである。私はこの後輩に言われた。「先輩がいてくださったら辞めたいと絶対に思わないです」と。そして「先輩が辞めたことをちょっと恨んでます(笑)」と。自分で言うのもなんだが、多分そうだろうと思う。悩みを打ち明けられる仲間がいるとどれほど心強いことか。私が辞め、そして先輩がやめてしまうので、私が辞めた原因の店長と社員はその後輩の二人になり、あとはアルバイトになってしまう。これはヤバイな(笑)。私も耐えられないと思う(笑)。会話の節々に笑いを入れて場を盛り上げて、後輩はいろんな話、悩みを打ち明けてくれるし、私も去年のことを思い出しながら、「前はもっとひどかったんやで!!」と笑い話に変えて話をする。今では苦労も全て笑い話である。後輩はかなり驚いていたが。
 この後輩は住んでいるところが偶然にも同じ最寄駅なのである。たまに駅前のスーパーで会うことがあるのだ。後輩が働いている百貨店は20時閉店で、通勤時間は片道40分くらいである。私が働いている百貨店は21時閉店で、通勤時間は片道50分くらいである。お互いにシフトがラストまでの時にスーパーで会うのだが、後輩は20時閉店と私の所よりも1時間も早いのに、閉店してからの作業が多く、なかなかすぐに百貨店を出れないのだ。確かに閉店してからの作業は多かった。今働いているところは21時閉店でも21時45分には終了している。前のところははっきり言って面倒なことが多すぎた。パソコンでその日の売り上げを事細かに記入し、そして携帯にも記入して報告しなければならない。自分の店しか人が残っていないのである。ほかの店はとっくに帰ってしまっているのだ。いつも、「どうしてここの店だけ遅くまで残っているんだ」と。やっぱり会社によってやり方方が全然違う。今の方が格段にいいと思うが。
 その後輩の同期の一人も違うお店で働いているのだが、その同期も転職活動を始めようかなと言っているそうである。どうやら退職ラッシュはとまらなさそうだ。私が経営者ならもっと働きやすい、楽しい環境をまず整えようとするのだが。立派な城を建てるためには、立派な石垣が必要である。立派な城を建てても石垣がグダグダで不安定ならば城はすぐに倒れてしまう。お城に目がいってしまうが、その城を支える石垣もすこぶる重要な要素の一つである。その石垣にもしっかりと手間ひまかけて手入れをする必要があるのではないだろうか。人の心、気持ち、感情を理解しようとし、その人個人に合った解決策を考えるのが人の上に立つ者の役割である。それが理解できない、わからないというのであれば、それは様々なことの経験不足からくる心の狭さなのだと思う。この経験とは仕事だけのことではない。日頃どんなことを考えて生活し、何を見ているのか。魅力のない人は何も考えていない人である。

2014年7月19日土曜日

iPhone4ご臨終

 
昨日、私が使っていたiPhone4が壊れてしまった。完全に壊れたわけではない。画面が壊れてしまったのだ。このiPhoneに電話をかけてみてもつながるのはつながるのだが、画面に何も映らないので電話に出たくても出れないというわけである。データも生きている。パソコンにバックアップもとっている。修理か機種変更になるだろうということで、今日は休みだったのだが、昼から銀座のアップルストアに行ってきた。交換も機種変更も料金はそれほど変わらないということで、機種変更をしようと思った。しかし、今日に限って身分証明書を持っていなかったのである。面倒だが、一旦家に帰り、そしてまた出直しになった。今度は原宿のsoftbankのお店に行った。私は携帯を2台持っている。iPhoneはソフトバンクで、もうひとつの携帯はガラケーでdocomoである。もともとdocomoだったのだが、大学3年生のとき、就職活動でスマートフォンが必要だろうと思い、スマートフォンならiPhoneがいいと思ったのでソフトバンクにしたのだ。当時はdocomoではiPhoneを扱っていなかった。今回、交換せざるおえない状況になったので、両社の料金プランを聞くことにした。原宿のソフトバンクのお店のあと、丸の内のdocomoのお店にも行った。両社合わせていろんな料金プランがあり、こういうのには全く詳しくない私だが、docomoにしようかなと考えている。機種変更するにも私の名義がいろいろとややこしい状況になっていて、すぐに変更はできないということで、とりあえず出直すことにした。1週間と数日、私のiPhone関係の情報や連絡ができなくなってしまった。主にメール、電話、ラインなどであるが。少しの間、我慢しなければならない。
 午前中から動き回り、休みだったがかなり疲れてしまった。帰りにいつもの東京駅のoazoのある丸善の本屋さんに行ってから帰ることにした。雨が降る予報だったが、家に帰るまで降らなかったのでこれだけでも助かった。来週には梅雨も開ける予報である。本格的な夏がやってくる。私が働いているお店では風邪が流行っているみたいである。夏に体調は崩したくないものである。今年の夏もいろいろやらなければならないので、体調管理はしっかりしておきたい。それにしても、冷房のフィルター掃除をしても「お掃除ランプ」が消えないのはなぜだろうか。

2014年7月15日火曜日

『ニューヨークの女性の「強く美しく」生きる方法』

 新しい会社に入社してから初めての2連休であった。普段あまりできない掃除や片付けをしたり、そしてゆっくりしたりして過ごした。たまには連休もいいものだ。連休の初日は次の日も休みがあるということで、純粋に休みを楽しめる。次の日が仕事となると準備をしたり、早く寝たりといろいろ考えなけれならない。あっという間に連休が過ぎてしまったが、久しぶりにゆっくりできたような気がする。

新しい会社に入ってから本を読むようにしている。前会社では毎日疲れて本を読む元気もなかったので、今は寝る前に1時間ほど読書をしてから寝るようにしている。昨日“ニューヨークの女性の「強く美しく」生きる方法”という本を読んだ。短編に分かれていたので読みやすく、2日で読むことができた。この本はタイトル通りだが女性向けの本である。私が購入した理由は、ご存知のとおりニューヨークが好きだからである。ニューヨークに行った時でもたくさんのニューヨーカーの女性を見てきた。確かに彼女たちは美しいし、とにかくカッコイイ。歩くスピードも早い。体型を維持するために歩くことを大切にしている人も多いみたいだ。もちろんアメリカということで太っている人も多いのだが。日本人とニューヨーカーの違いを筆者の視点から読み解いていくのだが、共感するところが多い。世界一タフな街で生きていくにはどうしたらいいのか。ただ生きるだけでなく、強く美しく生きる。日本人も見習わなければならないところは多い。
 日本人はよく周りの目を気にしてしまう。もちろん私も気にしてしまうことが多い。しかし、ニューヨーカーはそんなことは一切気にしない。年齢も関係ない。自分の好きな服を着ればいい、そう思っているのだ。街ですれ違う人に、「その服どこで買ったの?」とそういう会話がニューヨークでは普通みたいだ。確かにその通りである。私も先日行った時に、プーマのフューチャーキャットシリーズの黄色い靴を履いていったのだ。そこですれ違った女性に「いい靴ね!!」と言われたのだ。褒められると当たり前だが嬉しい気持ちになる。なかなか日本ではそういう会話は難しい。世界中から集まってきている街であり、その中で人と違うことを恐れない。そもそも人と比較するという考えすらもないみたいだが。

 高級ブランド店が集中している5thアヴェニューの一角でコーラを飲んでいると、とある高級ブランド店からとなりのブランド店へとはしごしているカップルを見た。「金持ちやなー」とコーラを飲みながら別次元の人を見ていたのである。私もちょっとお土産としていくつかの店に入っていいものを探して、ぴったりのものがあれば買って帰った。買い物をするときは必ず最初にチェックするのは値札だろう。必死に探してしまう(笑)。見ないで買えるくらいの人間になりたいものである。

2014年7月4日金曜日

アーティスト分析

 
先日長渕剛のオールタイムベストのアルバムが発売された。長渕剛のデビューから今までを知ることができるファンにとってもそして初心者にとっても満足できる内容になっている。私はよく長渕剛の立ち位置というのを考えてしまう。少し前だが井上陽水が“氷の世界”を引っさげて全国ツアーをやっていたのを思い出す。井上陽水に対するのは吉田拓郎だろう。この両者はJポップの先駆者である。この二人なくして今のJポップはない。ここでこの二人を簡単な言葉で表すとどうなるであろうか。拓郎は「陽」で陽水は「陰」である。そして拓郎は「田舎的」で陽水は「都会的」である。
 この二人のすごいところを少し紹介しよう。「傘がない」は陽水の、ある意味プロテストソングだ。「都会では、自殺する若者が増えている。今朝来た新聞の片隅に書いていた。」と、くる。だが、問題は今日の雨であり、彼女に会いに行きたいのに傘がないと歌う。拓郎の代表的なプロテストソングは、「晩餐」だろう。「僕らは夕食時だった。(リフレイン)つけっぱなしのTVだったから。(リフレイン)岡山で戦車が運ばれるとニュースで伝えていたけれど。僕らは食べる時間だったから。」新聞の片隅とつけっぱなしのTV。両方とも、若者の政治へのシラケを歌っているのだが、まさに「陰」と「陽」である。最近の歌手、アーティストにはこんな歌は絶対に歌うことができない。歌のメッセージの対象物が全然違う。
 私は中島みゆきもよく聞く。中島みゆきに対して松任谷由実が出てくる。「恋愛」の松任谷由実に対して、「失恋」の中島みゆきである。松任谷由実が「陽」で中島みゆきが「陰」である。それでは長渕剛はどうであろうか。対象になるアーティストがなかなか見つからなかったが、先日矢沢永吉のライブに行ったこともあり、ここはとりあえず矢沢永吉を対象にしてみよう。矢沢永吉は「都会的」で長渕剛は「田舎的」である。矢沢永吉が「陽」で長渕剛が「陰」。あまりこの二人を知らない人は、よく似ていると言うが、全く違う存在である。カッコイイ歌を歌っているのは矢沢永吉、松任谷由美である。人間の弱いところやみすぼらしいところ、怒りなんかを歌っているのが長渕剛、中島みゆきである。好みの違いになってくるが、私はどちらかといえば長渕剛、中島みゆき派である。まあ、矢沢永吉も好きなのだが。“スーパースター”という言葉はこの矢沢永吉にこそ当てはまる言葉だと思っている。長渕剛も「矢沢先輩には負けないようにしている」と言っているくらいだから。“粒”の大きい歌手、アーティストを最近見なくなってしまったなあ。