最近なのだが、以前買っていたDVD がけっこうあったのでそれを観なければならなかったのだが、何を観ようかいろいろ迷っていたのである。そして、やっとてにしたのが『ツイン・ピークス』である。これは映画ではなくドラマである。ドラマはだいたい数ジーンズあるので、かなり長い話なので、私はどちらかといえば苦手なのである。今までにまともに観たドラマは5作品もない。記憶に新しいのは『SEX and the CITY 』である。これもめちゃくちゃ長かったがものすごくおもしろかった。このドラマ以外はもう観ないかもな、と思っていたのだが、今回のこの『ツイン・ピークス』は外すに外せない、観なければならない、というのか、大げさだがこれからを生きる上で通らなければならない道であるかのように思ったのである。私の価値観を広げるにあたり、今まであまり観ていなかったデヴィッド・リンチ監督に脚を踏み入れることにしたのである。この『ツイン・ピークス』もデヴィッド・リンチ監督である。今までに観たリンチ監督の作品は、『ブルー・ベルベット』と『ワイルド・アット・ハート』である。このデヴィッド・リンチ監督は“カルトの帝王”と呼ばれている。リンチ監督の特徴だが、見た目はものすごく良く、きれいに、美しく、見えるような場所や人でも、実はものすごく残酷で醜いことがある、存在する、というのを表現していることである。そして一般的に醜いと捉えられているものの中に究極の美を見出したり、“善悪”や“優劣”といった対概念を破壊しようとしたりしているのが見える。ことばではハッキリとこうだ、とは言えない独特の雰囲気がある。ことばで説明しようとすること自体が“愚”であると言った方がいいかもしれない。それくらい独特であるし、魅力であるのだ。一時、リンチ派かスコセッシ派か、と自分はどっち派かという時代もあったそうだが、私は今までリンチ監督を知らなかったということもあり、私はその質問でいくとスコセッシ派だなーと思っていた。私はもちろんだがスコセッシ監督も大好きな監督の一人である。私は今までどうもリンチ・ワールドになかなか脚を踏み入れなかった。リンチ監督以外の作品もたくさん観なければならなかったというのもあったかもしれないが、やはり映画を語る上で、リンチ監督を抜きにして映画は語れないと最近思うようにいて、やっとリンチ・ワールドに脚を踏み入れることにしたのである。映画もたくさん世に送り出しているのだが、今回のこの『ツイン・ピークス』もリンチ監督を語る上で外すことのできない作品なのである。それで今回観始めたのだ。この作品もいろいろと解説というのかそういうのが必要なのだが、私自身がまだ整理がついていないというのか落とし込めていないので、それはまた別の機会にしたい。今、完全にリンチ・ワールドにハマってしまったというのか迷い込んだ?というのかリンチ監督の魅力の一つである“謎”に取り憑かれてしまったのである。今シーズン1が終わってシーズン2の前半で、すべて観終わるには少し時間がかかりそうだが、Blu-rayボックスにしか収録されていない映像があるというのを知り、DVDボックスしか持っていないので、そのBlu-rayボックスを買おうかめちゃくちゃ悩んでいるところである。本当にめちゃくちゃおもしろいので多分買っちゃうんだろうなーと思っている(笑)。この作品もそうだが、もっと早く観ておけばよかったと今更ながら思っている。しばらくは『ツイン・ピークス』三昧になりそうである。
日々の生活の中で、感じたこと、考えたこと、思ったことをテキトーにくだらない感じで書いているブログである。ブログタイトルは映画『キングスマン』の1シーンからパクって今までのタイトルと合わせたものである。 コメントを投稿していただいた方の返答はそのコメントの下に書かせていただいております。返答はコメントのところをご覧下さい。
2018年1月25日木曜日
リンチ・ワールドへ
先日ここ東京で珍しく雪が積もったのである。その日は仕事で出勤していたのだが、仕事中にいろいろと天気情報が入ってきていたのだが、そこまで積もらんやろ、と思っていたのだが、仕事が終わって外に出てみると予想以上に雪が積もっていてビックリしたのである。交通にもかなりの影響がでていたのだが、私が利用している電車にはほとんど影響がなく、ほぼいつも通りに家に帰ることができた。その次の日からはものすごく寒くなり、今年一番の寒さである。もうすぐ2月になるが、まだまだ寒い日は続きそうである。
2018年1月13日土曜日
「わからなくていいよ」
先日といってもかなり前になるのだが、YouTubeか何かの動画で10代の少年少女にスポットを当ててみんな一言一言何か言って動画が切り替わっていくという動画をみたのである。みんな思い思いのことを言っていたのだが、その中ですごく印象に残ったのがあって、それは少女が言ったことばである。
「夢は、まだわからなくていいよ。うん、わからなくてもいいよね」
ということばである。なぜかこのセリフが心に突き刺さり、気がつけば涙が流れていたのである。この少女は中学生くらいである。今、ふと自分の当時のことを思い出してみると、確かに私も漠然とした大雑把なことしか考えていなかったように思う。中学生であったらどこの高校に行こうか、学科は理系なのか文系なのか、私立なのか公立なのか、学業でいくのかスポーツでいくのか、そういった目の前のことしか頭になかったように思う。そういえば幼稚園のときに誕生日の月になったらみんなの前に出て、自分の夢を発表するというのがあった。そして小学校の卒業式でも自分の夢を発表するのがあった。今思えばそういう機会があるから、なにか考えなければならない、とそういうので考えて発表していたように思う。みんな当たり前かのように自分の夢を考えていたが、もしそこで、「自分の夢はまだ決まっていません」と先生に言ったら先生はどう反応するだろうか。おそらく、無理矢理とは言わないが考えさせて何でもいいから何か一つ発表させるようにもっていくだろう。もし卒業式で一人だけ「夢はない」と答える子どもがいるとその他の先生、保護者の方々にいい印象は与えないと判断するからだと思う。でも、夢はまだわからない、まだ決まっていない、ということがダメなことなのだろうか。悪いことなのだろうか。生まれてまだ10年ほどの子どもになにがどこまでわかるというのだろうか。わからなくて当然なのではないか。だってこれからもっといろんなことを見て、触れて、経験して、そうやって探していくものではないのか。もちろん中には、「絶対野球選手になる!」と決まっている子どももいるだろう。でもそこまでハッキリしている子どもは少ないのではないか。「夢はまだ決まっていないけど、これからいろんな勉強をして見つけていきたい」とそう言ったらダメなのか。まだわからない夢を決めさせて発表させるということに、ものすごく怯えてしまう子どももいるはずである。夢まではわからなくても、今勉強したいことや、行ってみたいところ、会いたい人、また、自分のこういうところがイヤだからそれを変えたい、そういうのでいいのではないか。成長するにつれていろんなことを見る、学ぶ、経験する。夢ややりたいこともコロコロ変わる、変わっていく。そんなものである。それでいいのである。夢を見つけるための勉強である。夢を見つけるための経験である。まだ小さなカゴの中しか知らない子どもにハッキリと夢を語らせるのはちょっとムリがあるのではないか。わからない子どももいて当然である。それでいいじゃないか。私だってまだまだ夢に向かう旅の途中である。夢なんてまだわからなくていいよ。その少女にそう声をかけたくなった。今の幼稚園、小学校、中学校、高校はどんな感じなのかはわからないが、そういう子どもたちもそのままの姿をひとりの人間として認める方が大事なのではないか。
2018年1月10日水曜日
“STATEMAN”を捧ぐ
先日6日に『キングスマン/ゴールデン・サークル』を新宿の映画館で、そしてIMAXで観てきたのである。公開して2日目てあったし、土曜日であったし、8時半上映開始だったのだが、ほぼ満席であった。久しぶりにこれだけ混雑した映画館に来た。本当は空いている方が私はいいのだが。空いている方が、泣きたいときに泣けるし、笑いたいときに笑えるからである。まぁそれはさておき、本当は観た直後に感想などを書こうと思っていたのだが、映画が想像以上にいろんな意味で凄くて、いろんな意味で自分を納得させるのに時間がかかってしまったのである。ここまでの展開になるとは思ってもみなかった。もう本当に度肝を抜かれてしまったのである。いい意味で、まさかこうなってしまうとは、という感じである。未だにショックで、ちょっとどうしたらいいのかまだわからないのである。もちろんだがこの映画にも賛否両論があるし、今回の展開に否定的な人もたくさんいるし、前作の方が良かったという人も大勢いるが、私は良かったと思っている。先ほど言った“ショック”とは、映画としてどう、という意味ではなく、映画の中でのストーリー上としての話である。今回の『ゴールデン・サークル』を観ていて、前作のつながりであったり、あのシーンであったり、いろんな“思い出”が蘇ってきて、何度も涙したのである。今回は『ハクソー・リッジ』以来の映画館であったが、久しぶりに感情がたかぶってワクワクしながら映画館に向かった。それに、いや、それ以上の期待に応えてくれたのでものすごく満足である。ショック、悲しみもあったが、本当にすばらしい作品であった。本当に今年はこの『ゴールデン・サークル』で生きていけるだろう。さっそくだがサントラも購入し、アメリカではもうDVDが発売されているので、日本の発売日まで待てないので、US版を購入したのである。ここで話が変わるのだが、DVDなどには“リージョン”コードというのが設定されている。日本のリージョンコードは“2”で、アメリカは“1”である。DVDプレーヤーも基本的にそのコードに合ったものしか再生しないので、アメリカのDVDは日本のプレーヤーでは再生できない。しかし、コードが設定されていないDVDや、リージョンフリーのプレーヤーなら再生可能である。私はパソコンで観ているのだが、パソコンは意図的にこのコードを変更することができる。しかし、回数が5、6回と回数が決められているので、そんなしょっちゅう変更することができない。でもリージョンをフリーにすることができるソフトも簡単に手に入るみたいである。私は友人からパソコンを1台もらったので、そのパソコンはリージョンコードを“1”に設定して、アメリカで販売されているDVDを観ている。ちなみにヨーロッパのコードは日本と同じ“2”なので、ヨーロッパで購入したものであれば日本でも再生可能である。とはいっても、US版のDVDを購入したのは『ウォッチメン/アルティメット版』、『キックアス』、そして『キングスマン/ゴールデン・サークル』である。『ウォッチメン』は、日本ではこのアルティメット版は販売されていない。あとディレクターズカット版もある。一番詳しく描かれているのがアルティメット版である。これは通常版より50分くらい?長いのである。あと『キックアス』は日本のは英語字幕機能がなかったので、英語字幕がほしいと思ってUS版を購入したのである。英語のセリフであればネットで調べればいくつか出てくるのだが、サイトによって少し異なっているため、自分で確かめてより近い英語を把握しようと思ったのである。そして今回は発売日まで待てないという理由である。日本でも発売されたらもちろん購入するのだが。『ゴールデン・サークル』の続編も予定されているみたいなので、それもすごく楽しみにしている。いやー、ちょーサイコーにすごい映画であった。
マーリンよ、お前が唄う“Take Me Home”はサイコーに感動したよ。
涙が出たよ。
この唄でこれほど心に突き刺さるのはおそらくこれが最初で最後だろう。
サイコーの“Kingsman”だよ。
そしてロキシーも。
私のこの“STATEMAN”をJ.B.に、ロキシーに、そしてマーリンに捧ぐ。
2018年1月1日月曜日
2018年もな!!
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
ということで年が明けてしまい、2018年になっていた。昨日は疲れ過ぎていて、家でご飯を食べて休憩していたら、気がついたらそのまま椅子に座って寝ていたのである。クリスマス期間にも一度同じように椅子に座って寝ていたので、今回はかなり疲れていたみたいである。忙しい時期がこの時期に集中しており、大きな山が3つあるのだが、まずはクリスマスでその次は年末、そして正月である。ということで残すはあと正月のみである。これを乗り切れば少し気分的に楽になる。早く終わってほしいものである。
今日は休みだったのだが、今年一発目の映画はやはりこれしかないだろう。『マッドマックス/怒りのデス・ロード』!!である。そして5日から待ちに待った『キングスマン/ゴールデン・サークル』も公開されるということで、ついにこの日がきたという感じで夜も寝れないのである。昼寝はしているが。今年はこの『キングスマン/ゴールデン・サークル』で生きていけるだろう。楽しみで仕方がない。昨年の公開映画では『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー/リミックス』、『ハクソーリッジ』がちょーサイコーにすばらしい映画であったが、今年は絶対『キングスマン/ゴールデン・サークル』である。“マナーが人をつくるんだ”よ!!
ついに2018年が始まった。
相変わらず世の中はイヤなニュースで溢れかえっている。
発狂した世界、時代の真っ只中。
だからなんだって言うんだ。
美しいもの、綺麗なもの、清潔なものばかり目指そうとして、そういうものに目を背けようとしているヤツらとは違うんだ。
崇高なものなどこっちから願い下げだ。
私たち、僕たち、俺たちは突き進んでいくのだ。
燃料を絶やさず、エンジン全開でぶっ飛ばしていくのだ。
狂気と絶望に満ちたこの地平線を。
その向こうにある“約束の地”を目指し、この可能性の地平線を爆走するのだ。
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