2016年6月27日月曜日

その日以来

 しばらく投稿できずに申し訳ない。今、異動前の職場と現職場の二つの職場を行き来することになっているので、二つの職場を見るというのはなかなか大変である。それに輪をかけて今中元時期ということでさらに仕事が増えているのである。本日久しぶりにずっと家にいたのだが、足がめちゃくちゃだるいのがわかった。昼寝もしたのだが、まだ疲れが取れていないみたいである。何とかならないものか。


先日仕事というか接客をしているときに、「青森まで持って行くのですが、大丈夫ですか」と聞かれた。“青森”と聞こえて久しぶりに聞いた単語である。なぜかそのお客さんと接客をしたその日から私が4年間いた青森の風景が頭の中で静かに流れているのである。しかもそのお客さんは青森市内だと言っていた。正に私が過ごした場所である。大学を卒業して以来、東京に来た私はなかなか青森の方に針路を取ることはなかった。休日となれば大阪に帰ったりするのでいつも反対方向である。もしかしたら心のどこかでまだ行ってはいけないという訳のわからない無意味なプライドみたいなものがあったのかもしれない。今思えばあの4年間は良いとか悪いとかそういうのではなく、なにかこう悩んでいたとかもがいていたというか、スッキリしない状態だったのかもしれない。そんな気がするのだ。しかし、そのお客さんとの接客した後、自分の頭の中で流れるあの風景は一体何なのだろうか。私の中で思い浮かんでいるのは青森駅前だったり、その駅の正面の道路だったり、観光物産の建物だったり、その前にある海だったり。大学の景色は浮かんでこないな。生まれて初めて一人暮らしを始めるというので、一人寝台列車に乗り、降りたその場所が青森駅だったからなのだろうか。自分の中でやっと“許し”みたいなものが出たのか。もう行ってもいいんじゃないか、そんな風にも聞こえてくる。当時、青森は私を受け入れてくれなかった。観光物産の建物の展望台から見た景色は灰色に染まった冷たく寒い街だった。私を優しく受け入れてくれたのは下宿にいたおばちゃん、その下宿で出会った友人たち、そしてその友人の家族の方だった。今その方々への感謝の気持ちが急にこみ上げてきた。また改めて挨拶に行かなければならない。青森が受け入れてくれなかった分、唯一の私の居場所がその方々との触れ合い、交流だったのかもしれない。もし青森に行くことになれば、今度は当時と全く違う気持ちで行くことになる。そしたら見方が変わるのかもしれない。今度はもしかしたら受け入れてくれるのかもしれない。そんなことを考える。私の針路は徐々に北に向きつつある。