明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
大晦日はいつものように仕事であり、大晦日の百貨店はクリスマスなみに忙しい日となる。ということで30日も横浜駅近くのホテルに泊まらなければならなかった。30日も仕事が終わったのは日をまたいでからで、睡眠時間は3時間程度で朝6時にはもう仕事を始めていた。大晦日の忙しい一日が終わったと思ったら、次の日元日の準備をしなければならなかった。私が働いている百貨店は元日から開店しているのだ。元日くらい休んでもいいんじゃないかと思うのだが・・・。正月といえば福袋。その福袋の準備を大晦日の夜にしていた。
そしてそのまま1月1日を迎えてしまったのだ。年越しを百貨店の中でしかも仕事中で迎えてしまった2014年である。慌ただしいスタートである。元日も朝7時出勤だったので早く帰らなければならなかった。普段の日なら終電を逃している時間帯だったが、この日は大晦日から元日といういうことでJRは終日運転していた。JR蒲田駅まで行き、そこから東急池上線に乗り換えなければならないのだが、残念なことに東急池上線は動いていなかったのだ。さあそうする。
以前もこのようなことがあった。蒲田駅まではいけたのだが、池上線が終電を過ぎてしまっていたのだ。そのときは、次の日の出勤が11時くらいだったのでそれほど早く起きる必要がなかったので家まで歩いていくことにした。大体45分くらいの距離である。しかし、今回は7時出勤ということで1秒でも早く就寝したかった。もう手段はタクシーしかない。普段ほとんどタクシーを使用しない私なのであまり気が進まなかったが仕方がない。しかし、元日ということもあって今日はタクシーでもいいか、という自分への許しの気持ちもあった。新年早々に寝坊するわけにはいかないのでタクシーで帰ることに。
タクシーに乗って「○○までお願いします」と行き先を伝える。車内は当たり前だが静かで、そこから運転手さんとたわいもない話をした。「明日(今日)も仕事なんですか」と私が聞き、「そうなんです」と運転手さん。「正月は車が少ないんですよ」と。「お仕事だったんですか」と聞かれたので、「はい。私も明日から出勤です」。そんな話をしているうちに私の家の最寄駅に到着した。いつもならタクシーに乗ると料金メーターを睨みつけて、料金が上がると、「くそっ」「また上がったし」「高っ」などと自分の中でいろいろ戦っているのだが、今回はそんなことはなかった。運転手さんが良かったからであろう。気持ちよくお金も払うことができたし、あの静かな中でのたわいもない話ができたのは意外にも心に残った。あの会話をしながら静かに、年が明けて今年もやっていくぞという心の準備ができたのかもしれない。慌ただしく、そして静かに年を迎えたのであった。
元日(本日)、無事に遅刻せずに出勤できました。
日々の生活の中で、感じたこと、考えたこと、思ったことをテキトーにくだらない感じで書いているブログである。ブログタイトルは映画『キングスマン』の1シーンからパクって今までのタイトルと合わせたものである。 コメントを投稿していただいた方の返答はそのコメントの下に書かせていただいております。返答はコメントのところをご覧下さい。
2014年1月1日水曜日
2013年12月28日土曜日
母が東京へ
投稿できるときに投稿しておこう。
もうすぐ今年も終わりに近づいている。大変な一年であった。いいことなんんてほとんどなかった。まあ苦しむことはいいことなのであまり気にしていないが。今年の投稿数がかなり少なかったので、来年はもう少し投稿できるようにしたい。
12月中旬、母が大阪から遊びに来たのだ。私はそのために無理を言って連休をもらったのだ。普段の休みは一日しかないので自分のために時間を使いたいと思い、派手な遊びはあまりしないが、今回のこの休みは大いに遊びまくった。
土、日、月と休みをもらい、金曜日の夜に母が東京にやって来た。私は仕事が終わってからすぐに横浜から品川に向かった。そして家に帰って明日の計画を立てた。話がたくさんあったので、夜中の3時半くらいまで話をしてしまった。だいたい街が目覚めるのが11時くらいなので、それまで映画館で映画を観ようということになり、早く起きて渋谷の映画館に向かった。そのあとはいつもの私の散歩道を母と歩く。原宿、表山道に向かい、ちょくちょく買い物をしながら。そして歩いて六本木へ。ミッドタウンをプラプラして赤坂を歩いた。そのあと電車に乗って、母が東京タワーに入ったことがないというので、浜松町へ。増上寺を突き抜けて東京タワー。ちょうど夕方から夜にかけてであった。そのあと劇団四季のマンマ・ミーアを観る予定があったので、ここではゆっくり景色を楽しむことができなかったし、もう一つ上の展望台は閉鎖されていていけなかったが残念である。急いで四季劇場へ。この四季劇場も浜松町にあった。東京タワーと反対側だったので少し遠かったが。私が劇団四季のマンマ・ミーアを観かたったのは、ブロードウェイのマンマ・ミーアとどれほど違うのか比較したかったのだ。内容は同じだが、ABBAの歌はこちらは日本語で歌っているのでちょっと残念である。そして一番気になったのが四季の会員のことである。私は2階席だったのだが、1階の前の方の席はおそらく会員席だろう。ミュージカルの展開がわかっているのか、ここで拍手をしろという決まりごとか申し合わせがあるのか知らないが、普通は次の展開がわからないのでアクションが起きてから数秒あとに反応が起きるものだが、とあるアクションが起きた時に一斉に会員のお客さんたちが拍手し出すところがあった。上からその様子がよく見たのだが、それが気になってあまりいい気分はしなかった。母もそれが気になっていたらしく、「あれはアカンな」と言っていた。まあそれがわかっただけでも良しとしよう。その後は丸の内でご飯を食べて家に帰った。
2日目は、朝浅草を歩いた。有名な天丼の店に行き、浅草寺に行った。そして東京駅に行き、丸の内を歩いて三菱一号館でお茶をしようと計画していたが、人がいっぱいで諦めることに。有楽町のメンズ館をプラプラした。その後再びミッドタウンに向かった。理由は私が以前ここでコップの取り寄せをしていたので、それができたという電話を浅草の天丼屋にいるときにもらったので、予定を変更して早速取りに行ったのだ。そのあとは今回の休日のメインイベントに当たる矢沢永吉のコンサートに行ったのだ。場所は日本武道館。矢沢永吉のコンサートは初めてである。私の母の友人が永ちゃんおコアなファンらしく、それこそ全国と飛び回るような人らしい。その人の勧めもあって、今回たまたまチケットが当たったので参加することができた。永ちゃんのファンも剛と同じでイカつい人ばかりである。聞いていたようにコアなファンは白いスーツを着ていた。開演前は永ちゃんコールにウェーブ。このウェーブは最近始まったらしい。そして開演。約2時間のライブはあっという間であった。だいたい永ちゃんは2時間程度のライブらしい。剛のライブに慣れている私は少し物足りない気持ちであった。しかし、永ちゃんや剛のライブがこのレベルなのであれば、他のアーティストのライブに行っても満足はできないんだろうと感じた。やっぱり彼らのライブはすごいと思う。彼らもすごいし、彼らを支えているファンもすごい。このために生きている、というのがはっきりわかる。
3日目は、1日目に母が気になっていた買いたいものを再び見に行くことにした。渋谷、原宿、表参道に。そして東京駅に行き、新丸ビルで少し買い物を。早めに夕食を大丸の上で食べた。「あの店の接客アカンな」と文句を言いながら(笑)。楽しい休みはあっという間に過ぎてしまった。東京駅で母を見送った。今度はいつ会えるのか。うーん、2月くらいかな。2月大阪に戻ろうかな。いろいろ考える。見送ったり、見送られたりするのは何度経験しても慣れることはない。やっぱり悲しいし寂しい。今度会えるのを楽しみにして、また日常を過ごしていこう。
もうすぐ今年も終わりに近づいている。大変な一年であった。いいことなんんてほとんどなかった。まあ苦しむことはいいことなのであまり気にしていないが。今年の投稿数がかなり少なかったので、来年はもう少し投稿できるようにしたい。
12月中旬、母が大阪から遊びに来たのだ。私はそのために無理を言って連休をもらったのだ。普段の休みは一日しかないので自分のために時間を使いたいと思い、派手な遊びはあまりしないが、今回のこの休みは大いに遊びまくった。
土、日、月と休みをもらい、金曜日の夜に母が東京にやって来た。私は仕事が終わってからすぐに横浜から品川に向かった。そして家に帰って明日の計画を立てた。話がたくさんあったので、夜中の3時半くらいまで話をしてしまった。だいたい街が目覚めるのが11時くらいなので、それまで映画館で映画を観ようということになり、早く起きて渋谷の映画館に向かった。そのあとはいつもの私の散歩道を母と歩く。原宿、表山道に向かい、ちょくちょく買い物をしながら。そして歩いて六本木へ。ミッドタウンをプラプラして赤坂を歩いた。そのあと電車に乗って、母が東京タワーに入ったことがないというので、浜松町へ。増上寺を突き抜けて東京タワー。ちょうど夕方から夜にかけてであった。そのあと劇団四季のマンマ・ミーアを観る予定があったので、ここではゆっくり景色を楽しむことができなかったし、もう一つ上の展望台は閉鎖されていていけなかったが残念である。急いで四季劇場へ。この四季劇場も浜松町にあった。東京タワーと反対側だったので少し遠かったが。私が劇団四季のマンマ・ミーアを観かたったのは、ブロードウェイのマンマ・ミーアとどれほど違うのか比較したかったのだ。内容は同じだが、ABBAの歌はこちらは日本語で歌っているのでちょっと残念である。そして一番気になったのが四季の会員のことである。私は2階席だったのだが、1階の前の方の席はおそらく会員席だろう。ミュージカルの展開がわかっているのか、ここで拍手をしろという決まりごとか申し合わせがあるのか知らないが、普通は次の展開がわからないのでアクションが起きてから数秒あとに反応が起きるものだが、とあるアクションが起きた時に一斉に会員のお客さんたちが拍手し出すところがあった。上からその様子がよく見たのだが、それが気になってあまりいい気分はしなかった。母もそれが気になっていたらしく、「あれはアカンな」と言っていた。まあそれがわかっただけでも良しとしよう。その後は丸の内でご飯を食べて家に帰った。
2日目は、朝浅草を歩いた。有名な天丼の店に行き、浅草寺に行った。そして東京駅に行き、丸の内を歩いて三菱一号館でお茶をしようと計画していたが、人がいっぱいで諦めることに。有楽町のメンズ館をプラプラした。その後再びミッドタウンに向かった。理由は私が以前ここでコップの取り寄せをしていたので、それができたという電話を浅草の天丼屋にいるときにもらったので、予定を変更して早速取りに行ったのだ。そのあとは今回の休日のメインイベントに当たる矢沢永吉のコンサートに行ったのだ。場所は日本武道館。矢沢永吉のコンサートは初めてである。私の母の友人が永ちゃんおコアなファンらしく、それこそ全国と飛び回るような人らしい。その人の勧めもあって、今回たまたまチケットが当たったので参加することができた。永ちゃんのファンも剛と同じでイカつい人ばかりである。聞いていたようにコアなファンは白いスーツを着ていた。開演前は永ちゃんコールにウェーブ。このウェーブは最近始まったらしい。そして開演。約2時間のライブはあっという間であった。だいたい永ちゃんは2時間程度のライブらしい。剛のライブに慣れている私は少し物足りない気持ちであった。しかし、永ちゃんや剛のライブがこのレベルなのであれば、他のアーティストのライブに行っても満足はできないんだろうと感じた。やっぱり彼らのライブはすごいと思う。彼らもすごいし、彼らを支えているファンもすごい。このために生きている、というのがはっきりわかる。
3日目は、1日目に母が気になっていた買いたいものを再び見に行くことにした。渋谷、原宿、表参道に。そして東京駅に行き、新丸ビルで少し買い物を。早めに夕食を大丸の上で食べた。「あの店の接客アカンな」と文句を言いながら(笑)。楽しい休みはあっという間に過ぎてしまった。東京駅で母を見送った。今度はいつ会えるのか。うーん、2月くらいかな。2月大阪に戻ろうかな。いろいろ考える。見送ったり、見送られたりするのは何度経験しても慣れることはない。やっぱり悲しいし寂しい。今度会えるのを楽しみにして、また日常を過ごしていこう。
「倍返しだ!!」
久しぶりの投稿である。なかなか投稿できずに申し訳ない気持ちである。
今、私の働いている百貨店では繁忙期でかなり忙しい。先日、クリスマスシーズンということで期間限定の惣菜を並べたりしていた。オードブルのセットやローストビーフなど色々と新しい商品であった。まあ、いつものことだがこの期間もかなりの労働であった。22、23、24日がその期間であったのだが、22日、23日の夜は近くのホテルに泊まったのだ。というか泊まらなければならなかった。前日に次の日の準備をしなければならないのだが、その準備が終わるのが日をまたいで夜中の1時半であったり。そしてその日のうちに出勤しなければならないのだが、やはりいつもよりも早く行かなければならないので、もう朝の6時には仕事をしている。睡眠時間は2時間程度。そしてその日も同じように。朝の6時から夜中の1時過ぎまでの仕事で、休憩時間は30分。これがこの3日のスケジュールであった。もちろんタイムカードは早めに切らされていた。二日目なんか22時で切らされた。
私のお店は、横並びに二つの店舗である。店の名前や扱っている商品が違うだけで、もともとの会社は同じである。最近その二つの店舗を一つのして両方のお店で販売できるようにしようとなっいて、レジのデータも一つになり、レジ閉めも一人でできるようになったのだ。今まではそれぞれのお店の一人がやらなければならなかったので、二人必要だったが今は一人でよくなった。しかし、レジが一つになってから入金金額と書類に記載する現金の数字が合わない日がかなり増加してしまったのだ。私は金額が合わなければもう一度合うようにお店と入金部屋を往復しても合わせていた(本当はダメだが合わせろとの上司の命令)。その理由はすぐにわかった。私の店長二人がお金も数えずに適当な数字を書いて入金していたからである。そりゃ合わない日が出てきて当然である。何千円単位になっている。もともと二つのレジだと余計に経費がかかるから一つにしてくれと私の会社から百貨店側に要請があって、百貨店はそれに対応してくれたのだ。しかし、金額が合わないことが続いて百貨店側からレジを二つに戻すと言われたのだ。当然のことだろう。しかし、レジを一つから二つにするときにももちろん経費がかかってしまう。何のために一つにしたか、全くわからなくなってしまった。
何度もこのブログで書いているが、よく上司から怒られる。この前は惣菜の中に入れるタコがあるのだが、少し大きく切りすぎてしまい、店長から「ふざけてやってんじゃねーよ!!」と叫びながらその切ったタコを投げつけられた。そして「頭おかしいんじゃね?」、「お前みたいなやついらねーんだよ」の連呼。そしてもう一人の店長から、私の惣菜の盛り方がきたなかったとき、「精神がおかしいんだよ」と言われた。まあ、私は自分で頭がおかしいとわかっているので今まで一度も否定したことがないが。そう言っている本人たちは自分はまともだと思っているに違いない。しかし、お金も数えずに入金するのもなんら変わりない。厨房で使っている器具やお皿を壊してしまったときは弁済したこともあるし、自分で買いに行ったこともあるし、売れ残った商品を買わされることなんてしょっちゅうである。今回のレジを二つに戻すときの経費は誰が出すのか。おそらく会社が負担するんだろう。私に言わせれば適当に計算していた、というか計算してなかったために起きたことなんだからお前らが払えよ、という気持ちである。彼らが私にしているように。
私は会社から雇われ、お金をいただいている立場なので、言われたことは守らなければならないし、それに答えようと努力しなければならない。しかし、私の周りにいる上司はなんか違うんだな。殴り倒したいときなんてほぼ毎日である。今は我慢しているが、「その時」がきたら今までやられたことをやり返してやろうと思う。もちろん法律に従ってだ。流行語にもなったように、「やられたらやり返す。倍返しだ!!」
今、私の働いている百貨店では繁忙期でかなり忙しい。先日、クリスマスシーズンということで期間限定の惣菜を並べたりしていた。オードブルのセットやローストビーフなど色々と新しい商品であった。まあ、いつものことだがこの期間もかなりの労働であった。22、23、24日がその期間であったのだが、22日、23日の夜は近くのホテルに泊まったのだ。というか泊まらなければならなかった。前日に次の日の準備をしなければならないのだが、その準備が終わるのが日をまたいで夜中の1時半であったり。そしてその日のうちに出勤しなければならないのだが、やはりいつもよりも早く行かなければならないので、もう朝の6時には仕事をしている。睡眠時間は2時間程度。そしてその日も同じように。朝の6時から夜中の1時過ぎまでの仕事で、休憩時間は30分。これがこの3日のスケジュールであった。もちろんタイムカードは早めに切らされていた。二日目なんか22時で切らされた。
私のお店は、横並びに二つの店舗である。店の名前や扱っている商品が違うだけで、もともとの会社は同じである。最近その二つの店舗を一つのして両方のお店で販売できるようにしようとなっいて、レジのデータも一つになり、レジ閉めも一人でできるようになったのだ。今まではそれぞれのお店の一人がやらなければならなかったので、二人必要だったが今は一人でよくなった。しかし、レジが一つになってから入金金額と書類に記載する現金の数字が合わない日がかなり増加してしまったのだ。私は金額が合わなければもう一度合うようにお店と入金部屋を往復しても合わせていた(本当はダメだが合わせろとの上司の命令)。その理由はすぐにわかった。私の店長二人がお金も数えずに適当な数字を書いて入金していたからである。そりゃ合わない日が出てきて当然である。何千円単位になっている。もともと二つのレジだと余計に経費がかかるから一つにしてくれと私の会社から百貨店側に要請があって、百貨店はそれに対応してくれたのだ。しかし、金額が合わないことが続いて百貨店側からレジを二つに戻すと言われたのだ。当然のことだろう。しかし、レジを一つから二つにするときにももちろん経費がかかってしまう。何のために一つにしたか、全くわからなくなってしまった。
何度もこのブログで書いているが、よく上司から怒られる。この前は惣菜の中に入れるタコがあるのだが、少し大きく切りすぎてしまい、店長から「ふざけてやってんじゃねーよ!!」と叫びながらその切ったタコを投げつけられた。そして「頭おかしいんじゃね?」、「お前みたいなやついらねーんだよ」の連呼。そしてもう一人の店長から、私の惣菜の盛り方がきたなかったとき、「精神がおかしいんだよ」と言われた。まあ、私は自分で頭がおかしいとわかっているので今まで一度も否定したことがないが。そう言っている本人たちは自分はまともだと思っているに違いない。しかし、お金も数えずに入金するのもなんら変わりない。厨房で使っている器具やお皿を壊してしまったときは弁済したこともあるし、自分で買いに行ったこともあるし、売れ残った商品を買わされることなんてしょっちゅうである。今回のレジを二つに戻すときの経費は誰が出すのか。おそらく会社が負担するんだろう。私に言わせれば適当に計算していた、というか計算してなかったために起きたことなんだからお前らが払えよ、という気持ちである。彼らが私にしているように。私は会社から雇われ、お金をいただいている立場なので、言われたことは守らなければならないし、それに答えようと努力しなければならない。しかし、私の周りにいる上司はなんか違うんだな。殴り倒したいときなんてほぼ毎日である。今は我慢しているが、「その時」がきたら今までやられたことをやり返してやろうと思う。もちろん法律に従ってだ。流行語にもなったように、「やられたらやり返す。倍返しだ!!」
2013年11月13日水曜日
忙しくなる時期
しばらく更新できなかった。申し訳ない気持ちである。今月、私が入社してから一番お世話になった先輩が仕事をやめるといううことでお店としても、そして一番私自身が大変なのである。まだまだ一人でできないこともたくさんあるし、先輩なしではかなり厳しい状態である。あと1週間しかいないということで、教えてもらわなければならないことはすべて伝授してもらわなければならない。年末が近づいてきて、クリスマスや正月などと世間は楽しい雰囲気だが、私が働いている百貨店は一年で一番忙しい時期になるので、全く嬉しくない。大晦日、そして元旦から仕事があるので年末年始などそんなものは私には関係ないということである。大晦日、元旦を忙しくするのは、浪人時代以来である。浪人時代、大晦日は冬期講習で京都駅の近くにある私が通っていた予備校の系列校があり、私の好きな講師がそこで授業をするということでわざわざそこまで行っていたのだ。そして元旦は模試である。どうやら今年も大変になりそうである。
気が付けばもう11月である。今日の朝は一番の冷え込みということでもう冬である。一カ月に休みを8日頂いているが、連休はほとんどない。一日だと家でゆっくりしたい気持ちもあればちょっと外に出かけたいという気持ちが両方で、いつもどうするか迷うのである。雨が降ってくれれば迷わず家にいるのだが、晴れていると家にいてはもったいないと思い、思わず出掛けてしまうときもある。
一番疲れをいやすのは何だろうか。好きな音楽を聞くことだろうか、スポーツをすることだろうか、ショッピングをすることだろうか。それよりも「寝る」のが一番いいと思う。なんやかんや言ったって一番寝るのが良い。
調べてみると日本において、過労死ラインがあって健康障害リスクが高まるとする時間外労働時間を指す言葉で、月80時間。1か月の労働日を20日とすると、1日4時間の時間外労働が続く状態をいう。私は10月、正規で認めてもらえた残業時間は56時間であった。しかし、闇に葬り去られたサービス残業がある。ほぼ毎日1時間はやっているし、多いときは2時間やっているときもある。それを入れれば確実に80時間は超える。過労死ラインを超えてしまう域である。まあ、私は今は何とも思っていないのだが。無理やりタイムカード切らされたり、タイムカードを書きかえられたりするのは無性に腹が立ってしまうが。若いから大丈夫なんだろう、今は。もし私が50代でこの生活をしていたら確実に倒れているだろう。なので、自分の健康状態には細心の注意を払っている。食事は野菜中心である。肉はほとんど食べない。しかし、量はたくさんとっている。睡眠不足が続いているので、やっぱり休日は睡眠に時間をとりたい。そうなってしまう。
今日は買い物が少しあったので、私のお気に入りの散歩道があるので、歩きながら買い物をした。東京駅から、丸の内、有楽町、新橋、虎ノ門、赤坂、六本木、西麻布、表参道、原宿、渋谷までを歩いた。これがいつものコースである。出発地が東京駅か渋谷かだけの違いだ。私はこの道を歩くのが大好きである。私にとっては寝る以外にこれが一番の気分転換である。気分転換にもなるし、ちょっとした運動にもなる。やはり自分が気に入っていることが一番いいし、落ち着くのだと改めて思う。新しいことをしたり、慣れないことをしたりするのは、今の私にはあまり気が進まない。仕事にまだ慣れていないからだろう。いつ余裕が出るのか知らないが、今年度中はまだ無理だろう。まあ、ぼちぼちやっていこうと思う。
気が付けばもう11月である。今日の朝は一番の冷え込みということでもう冬である。一カ月に休みを8日頂いているが、連休はほとんどない。一日だと家でゆっくりしたい気持ちもあればちょっと外に出かけたいという気持ちが両方で、いつもどうするか迷うのである。雨が降ってくれれば迷わず家にいるのだが、晴れていると家にいてはもったいないと思い、思わず出掛けてしまうときもある。
一番疲れをいやすのは何だろうか。好きな音楽を聞くことだろうか、スポーツをすることだろうか、ショッピングをすることだろうか。それよりも「寝る」のが一番いいと思う。なんやかんや言ったって一番寝るのが良い。
調べてみると日本において、過労死ラインがあって健康障害リスクが高まるとする時間外労働時間を指す言葉で、月80時間。1か月の労働日を20日とすると、1日4時間の時間外労働が続く状態をいう。私は10月、正規で認めてもらえた残業時間は56時間であった。しかし、闇に葬り去られたサービス残業がある。ほぼ毎日1時間はやっているし、多いときは2時間やっているときもある。それを入れれば確実に80時間は超える。過労死ラインを超えてしまう域である。まあ、私は今は何とも思っていないのだが。無理やりタイムカード切らされたり、タイムカードを書きかえられたりするのは無性に腹が立ってしまうが。若いから大丈夫なんだろう、今は。もし私が50代でこの生活をしていたら確実に倒れているだろう。なので、自分の健康状態には細心の注意を払っている。食事は野菜中心である。肉はほとんど食べない。しかし、量はたくさんとっている。睡眠不足が続いているので、やっぱり休日は睡眠に時間をとりたい。そうなってしまう。
今日は買い物が少しあったので、私のお気に入りの散歩道があるので、歩きながら買い物をした。東京駅から、丸の内、有楽町、新橋、虎ノ門、赤坂、六本木、西麻布、表参道、原宿、渋谷までを歩いた。これがいつものコースである。出発地が東京駅か渋谷かだけの違いだ。私はこの道を歩くのが大好きである。私にとっては寝る以外にこれが一番の気分転換である。気分転換にもなるし、ちょっとした運動にもなる。やはり自分が気に入っていることが一番いいし、落ち着くのだと改めて思う。新しいことをしたり、慣れないことをしたりするのは、今の私にはあまり気が進まない。仕事にまだ慣れていないからだろう。いつ余裕が出るのか知らないが、今年度中はまだ無理だろう。まあ、ぼちぼちやっていこうと思う。
2013年9月26日木曜日
“法律家”とスカイツリーへ
久しぶりの投稿である。先日台風が来て以来、夏も吹き飛ばしたのか、かなり涼しくなった。朝と夜は寒いくらいになっている。夏があっという間に過ぎてしまい、結局“夏”を楽しむようなことは何もできなかった。まあ、全く気にしていないのでいいのだが。
先日、大学時代に災害ボランティアで知り合った東京の友達が法科大学院の試験に合格したので、久しぶりに会ってきた。彼は将来検察官になるという夢がり、しばらく勉強に集中していたので私からの連絡は控えていたのだ。彼から電話がかかってきて一つ合格して、残りは結果待ちなのだが試験はすべて終了して一段落したので久しぶりに会おうということになった。
話を聞いているとかなり勉強していたに違いない。すさまじいくらいである。そこまで勉強しても上には上がいるということらしい。法律の勉強をしているのでかなり役に立つこともたくさん教えてもらった。こうやって遊べるのも今だけで、すぐにまた勉強を始めるらしい。というか始めないといけないらしい。昼過ぎからあったのだが、午前中は図書館で勉強していたらしい。カバンの中は六法全書や資料、試験問題などと重い荷物を背負っていた。
新宿で集合をし、とりあえず渋谷に行って昼ご飯を食べ、彼が浅草に行きたいということで浅草に向かった。渋谷から銀座線に乗って浅草へ。私も様々なところへ行っているが浅草、上野方面はなかなか行かない。何年ぶりということで浅草に行った。浅草寺に行き、揚げまんじゅうを食べ歩きしながら浅草を歩いた。スカイツリーが見え、行ったことある?と聞かれ、私でもまだスカイツリーは未開の地であった。「まだ行ったことないねん」と言うと、近くまで行ってみようかということになり、歩いてスカイツリーに向かった。近ずくにつれてその高さに圧倒されてしまった。展望台にはいくらかかるのかわからなかったし、彼のゼミの教授がそこにある水族館がおススメだそうで、値段の安い方へ行くことにした。しかし、値段はどちらも2000円と同じでかなり迷った。水族館の評価を見てみるとあまりよくなかったので展望台にのぼることにした。20分くらい並んでチケットを手に入れ、私たちは未開の地へと足を踏み入れた。やはりその高さから見る景色はすばらしかった。調度晴れていたのでそれもよかったかもしれない。せっかく来たのでもう1000円払ってさらに上の展望デッキへ。ちょうど日が暮れてきて、夜の景色へと変わっていった。明るいときも素晴らしいし、夜の街の明かりが輝いているのもまた美しい。グッドタイミングでスカイツリーを訪れることができた。
晩御飯は渋谷で焼き肉である。彼の合格祝いということで久しぶりにお酒を飲んだ。また彼は勉強漬けの、そして私は仕事の日々へと戻っていく。彼が入学する前にもう一度会おうという約束をした。入学後はもっと勉強しなければならないので、俗世と断つために携帯を解約しようと考えているらしい。やるらなそこまでやらないといけないのだな。彼は本物である。だから私は彼を尊敬する。彼が法律家として活躍する日を楽しみにしている。そして私も彼に助けてほしい場面も出てくるだろう。数年後が待ち遠しい。
互いに辛い時期だ。別れ際に握手をして、「がんばろうぜ」の一言。そして私たちは日常へ戻っていった。
先日、大学時代に災害ボランティアで知り合った東京の友達が法科大学院の試験に合格したので、久しぶりに会ってきた。彼は将来検察官になるという夢がり、しばらく勉強に集中していたので私からの連絡は控えていたのだ。彼から電話がかかってきて一つ合格して、残りは結果待ちなのだが試験はすべて終了して一段落したので久しぶりに会おうということになった。話を聞いているとかなり勉強していたに違いない。すさまじいくらいである。そこまで勉強しても上には上がいるということらしい。法律の勉強をしているのでかなり役に立つこともたくさん教えてもらった。こうやって遊べるのも今だけで、すぐにまた勉強を始めるらしい。というか始めないといけないらしい。昼過ぎからあったのだが、午前中は図書館で勉強していたらしい。カバンの中は六法全書や資料、試験問題などと重い荷物を背負っていた。
新宿で集合をし、とりあえず渋谷に行って昼ご飯を食べ、彼が浅草に行きたいということで浅草に向かった。渋谷から銀座線に乗って浅草へ。私も様々なところへ行っているが浅草、上野方面はなかなか行かない。何年ぶりということで浅草に行った。浅草寺に行き、揚げまんじゅうを食べ歩きしながら浅草を歩いた。スカイツリーが見え、行ったことある?と聞かれ、私でもまだスカイツリーは未開の地であった。「まだ行ったことないねん」と言うと、近くまで行ってみようかということになり、歩いてスカイツリーに向かった。近ずくにつれてその高さに圧倒されてしまった。展望台にはいくらかかるのかわからなかったし、彼のゼミの教授がそこにある水族館がおススメだそうで、値段の安い方へ行くことにした。しかし、値段はどちらも2000円と同じでかなり迷った。水族館の評価を見てみるとあまりよくなかったので展望台にのぼることにした。20分くらい並んでチケットを手に入れ、私たちは未開の地へと足を踏み入れた。やはりその高さから見る景色はすばらしかった。調度晴れていたのでそれもよかったかもしれない。せっかく来たのでもう1000円払ってさらに上の展望デッキへ。ちょうど日が暮れてきて、夜の景色へと変わっていった。明るいときも素晴らしいし、夜の街の明かりが輝いているのもまた美しい。グッドタイミングでスカイツリーを訪れることができた。
晩御飯は渋谷で焼き肉である。彼の合格祝いということで久しぶりにお酒を飲んだ。また彼は勉強漬けの、そして私は仕事の日々へと戻っていく。彼が入学する前にもう一度会おうという約束をした。入学後はもっと勉強しなければならないので、俗世と断つために携帯を解約しようと考えているらしい。やるらなそこまでやらないといけないのだな。彼は本物である。だから私は彼を尊敬する。彼が法律家として活躍する日を楽しみにしている。そして私も彼に助けてほしい場面も出てくるだろう。数年後が待ち遠しい。
互いに辛い時期だ。別れ際に握手をして、「がんばろうぜ」の一言。そして私たちは日常へ戻っていった。
2013年9月7日土曜日
それが仕事
今日は早めに仕事が終わり、といっても朝の7時からシフトインなので早いのか普通なのかわからないが、明るいうちに家に戻ってきた。電車に乗っていたのだが、ついつい一駅寝過ごしてしまった。めったにないことだったが気が付いたら降りなければならない駅を出発していた。あーあ、と思いながら次の駅で降りてその駅の前にスーパーがあったのでそこで少し買い物をした。そしてまた一駅電車に乗って戻ってきた。普段なら一駅くらい歩いて行くのだが、今日はかなり眠かったので電車に乗ってしまった。
私の働いているところでは、今新しいアルバイトの方が入ってきて、今トレーニング中である。といってもここの職場のアルバイトの入れ替わりが激しい。この前のアルバイトの方は一日でやめてしまった。そして昨日は3カ月でやめてしまった。私はアルバイトの方がやめる話を一切聞かないで事が進んでいることがほとんどである。なぜ上の人は教えてくれないのか不思議である。これも重要な話であるのになぜ教えてくれないのか。そのくせ私が何か伝え忘れると怒るというのに・・・。話がそれてしまったが、やはりアルバイトでもきつい作業なのかもしれない。手を止めることが許されず、異常に時間にせかされて作業をする。店頭では常に上の人の目があり、売り上げをとらなければならないプレッシャー。裏の厨房では内線の電話がひっきりなしに鳴り、現状報告、追加調理、をしなければならない。のびのびと仕事ができる環境がないことは確かである。プレッシャーのあまり勘違いやあり得ないミス、作業の遅れを生んでいる。言い訳だと言われればそれまでであるし、それを言い訳にもしたくない。仕事ってうのはそういうものかもしれない。この世界では結果がすべて。とにかく売り上げを取れ、1秒でも早く作業しろ、ミスをするな、結果を出せ、・・・。営利目的なのだからそれは当然の話である。仕事ができるか、結果が出せるか、見ているのはそれだけである。
私は上司からのきつい言動やきつい作業には、小さいころから様々なことで免疫が付いていて、今のところは余裕がある。自分の仕事のできなささにはが自分でもあきれてしまうが・・・。しかし、耐えることができない人もいる。10耐えることができる人もいれば、5しか耐えられない人もいる。5しか耐えられない人はその人が悪いのか。それは違う。この人はどういう人で、どういう力を持っているのか正しく認識し、その人に合ったやり方で成長に導いていくのがリーダーの役目である。これを育成っていうのではないのか。すべての人に同じやり方で教えても無理がある。ロボットじゃないんだから。
“若者社員の使い捨て”が目立っているらしい。今の私が世間から見てどのような位置づけになるのかわからないが、現場からの意見としては許せない気持ちでいっぱいである。「最近の若い奴は・・・・・」とやっぱり言われるんだろうか。確かにモラルの低下などはあると思う。しかし、皆が皆そうではないし、時代が変化していっているのは誰しもが感じていることだろう。この時代の流れの中で失われてはいけないものと、対応してうまくやっていかなければならないところがある。上司と若手社員がうまく“潮目”はないんだろうか。
私は上司からのきつい言動やきつい作業には、小さいころから様々なことで免疫が付いていて、今のところは余裕がある。自分の仕事のできなささにはが自分でもあきれてしまうが・・・。しかし、耐えることができない人もいる。10耐えることができる人もいれば、5しか耐えられない人もいる。5しか耐えられない人はその人が悪いのか。それは違う。この人はどういう人で、どういう力を持っているのか正しく認識し、その人に合ったやり方で成長に導いていくのがリーダーの役目である。これを育成っていうのではないのか。すべての人に同じやり方で教えても無理がある。ロボットじゃないんだから。
“若者社員の使い捨て”が目立っているらしい。今の私が世間から見てどのような位置づけになるのかわからないが、現場からの意見としては許せない気持ちでいっぱいである。「最近の若い奴は・・・・・」とやっぱり言われるんだろうか。確かにモラルの低下などはあると思う。しかし、皆が皆そうではないし、時代が変化していっているのは誰しもが感じていることだろう。この時代の流れの中で失われてはいけないものと、対応してうまくやっていかなければならないところがある。上司と若手社員がうまく“潮目”はないんだろうか。
2013年9月6日金曜日
7月大阪帰還
7月の話になるのだが、中旬に連休を使って大阪に戻ったのだ。連休といっても二日なのだが。ゴールデンウィークは仕事で帰ることができなかったし、お盆も帰ることができないだろうし、ここでいったん戻ろうと思ったのだ。19時に仕事が終わり、急いで横浜から新横浜駅に向かい、新幹線の切符を手に入れて新幹線に乗った。大阪に着いたのは23時くらいであった。新大阪まで兄が車で迎えに来てくれて非常に助かった。
日曜日に帰り、月曜日が一日大阪にいて、次の日には帰らなければならなかった。かなりタイトなスケジュールであったが、やりたいことは決まっていた。月曜日は今年の5月にオープンしたグランフロント大阪に母と一緒に行ってみた。梅田ほどの商業施設が集中しているのは東京にもないだろう。午後だけでは回りきれない広さだったので急ぎ足で施設内を歩いた。日本初出店のニューヨークに本店がある店、シティベーカリーに行ってみた。母が言うには、いつも行列ができていて入られへんねんで、と。しかしその日は入ることができてラッキーであった。しかし、定番のクロワッサンが売り切れになっていた。うーん、残念・・・。他の菓子パンを買ったが、家に戻って食べてみたのだが、これはうまい。ぜひともクロワッサンを食べてみたいものだ。エシレのクロワッサンが今までで一番おいしかったが、それを超えるものがあるのか。シティベーカリーに期待しよう。値段はエシレの方が高い。しかし、ニューヨークに本店があると聞くとこちらの方に好意を寄せてしまう。今度ニューヨークに行った時は本店を覗いてみよう。
次の日は京都の祇園祭に行った。祇園祭は初めてであった。これで私は日本の三大祭りを制覇することとなった。大阪の天神祭、青森のねぶた祭り、そして京都の祇園祭。今まで祇園祭だけが残っていたので、これですっきりした。やはり京都は趣がある。そしてそれに合った祇園祭。静かな祭りというのもこれもまたいいものである。母は天神祭よりも祇園祭の方が好きらしい。私はどれも特徴があってどれも素晴らしいと思う。まあ、天神祭は地元ということもあって、まともに祭りを楽しんだことがあまりないのだが。一つ天神祭で気になっていたことがあるのだが、天神祭の期間、天満橋の真ん中ほどに大きな木の板を立てて景色をふさいでいるのだが、私は今までてっきり船渡御を見るために立ち止まるのを防ぐためのものだと思っていたが、そうではなかった。船渡御は神様なので神様を真上から見てはいけないということで、それを防ぐために木の板を置いているのだ。なるほど、そういうことか。本当は大阪でもっとやりたいことがあったが、二日しかないとなるとやることは限られてしまう。次に大阪に戻ったときにできなかたことをしよう。
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